第2話 起動と形式

「日本人は『お客様は神様』という精神で動いて過剰サービスになりがちである。必要以上に愛想をよくするのをやめてもっと合理的に行動するべきだ」


といった話をネットでよく見るが、その日うちに来たミカワの社員さんの印象を言うならば「反例が来た」というものだった。なんだか最初から不機嫌そうな顔をしていたし、お母さんが慌てて買ってきたお茶菓子を出しても、「いえ、大丈夫です」と言って受け取らなかった。


「確かにずいぶん古い型ですね。どうやって保管していたんですか?」


庭の椅子に置きっぱなしにしておいた自動者の機体を見るなり彼は言った。不適切な保管を責められてるのかな、と思ったけれど、自分が生まれる前からあったであろうモノにそんなことを言われても困るのだ。


「あちらの収納庫に入れっぱなしです。もう、何十年とか、そういうレベルかと……」

「最後に使ったのは?」

「ちょっと分からないんですが、祖父の工場で使っていたものです」

「なるほど」


と言って彼は収納庫の天井をじろじろと見た。雨が漏れていないかを確認しているようだった。


「それなら、燃料液を入れれば少し動くかもしれませんね」

「えっ、動かすんですか」

「動かしたいのではないのですか」

「どちらかというと、処分方法を伺いたいのですが」


と聞くと、彼は不機嫌な顔でこちらを見た。言葉に反応したというわけではなく、終始ずっとその表情なのだ。こうも不機嫌な顔が維持できるのは、地顔がこうなのか、同じ感情を維持できるのか、それともそういう機械なのか、なんてことを思う。


「燃料液が切れただけの状態なら原形質はかなり持ちますので、最後に使っていた行動状態が再現できると思います」

「ええと、でも、……それって有料ですか」


こちらが当然の疑問を聞くと、社員さんは相変わらず同じ表情のままで答えた。


「無料でいいですよ。面倒ですし」

「あっ、はい、ありがとうございます」


と頭を下げ、……は? 今「面倒」って言ったのか? 会社員が客からお金をとらない理由が「面倒」なんてことがあり得ていいのか? 聞き間違い? と混乱しているうちに彼はさっさと仕事をはじめてしまう。


カバンからなにか瓶入りの液体を取り出す。自動者の背面にあるパネルを開けて(そんなところにパネルがあるなんて気づかなかった)、変なチューブのついた器具で黄色い液体をちゅるちゅると流し込んでいく。


「主成分が糖分なので飲むと結構甘いものです」


社員さんはぼそりと言った。なんの話なのか分からなかったけど、あまり考えないようにした。 小さな機体が水圧に合わせて少しだけ脈動しているのが見える。機械だけど、ずいぶん中身が柔らかいんだなとわかる。


作業は数分ほどで終わった。小さな自動者はさっきまでと同じ恰好で椅子にもたれかかっていた。でも、気のせいかさっきよりも少しだけ生気に満ちた色合いをしているような気がする。気のせいかもしれない。やっぱり気のせいだな。


「これだけ古いと原形質に燃料液が浸透するまで時間がかかりますね。その後で動き出すかもしれませんし、動かないかもしれません。いずれにせよ、後日回収に伺いますので」


そう言って社員さんは帰っていった。座らせた自動者はこのままにするべきなのか、もとの収納庫に戻すべきなのか。いろいろと考えた末、家に入れておくことにした。もし動き出して勝手に外に出ていかれたら困る。


庭からキッチンを見ると、お母さんが怒鳴っているのが見える。言葉までは聞こえないけど内容はわかる。お母さんが出しておいたお客様用の食器をお父さんが勝手に使ってお茶を飲んでお菓子まで食べちゃって、それをお母さんが怒っているのだ。お父さんは「じいさんが死んでから、うちにお客様なんて滅多に来ないじゃないか。あるものは使わないと勿体ない」とでも言っているのだろう。


たしかにお父さん(脳内)の言うとおりだ。捨ててしまおうと思っていたけど、あるものは使わないと勿体ない。自動者をかついで、縁側に座らせておく。午後の日差しがぽかぽかと当たっている。なんだか昔話に出てくるおばあちゃんみたいだ。


「動いたらどうなるのかしらねえ。ちょっと怖いわねえ」


と、事情を聞いた母は言う。お父さんはそれを見て、


「皿洗いとかしてくれるんじゃないのか。食洗機を買わなくてすむぞ」

「食洗機なんてなくても、あんたが洗えばタダでしょ」

「おれの人件費を無料で計算しないでほしいなあ」

「あら、あんたわたしの家事の人件費をちゃんと計算したことなんてあるの?」


といったことを話す。この手の話はもう何十回も繰り返している。「ありがとう」「どういたしまして」の挨拶みたいに、情報の交換をともなわない形式としての会話だ。


夕ご飯を食べているうちに、だんだん不安になってきた。もしかしてこの社員さんは、どこかで入れ替わった偽物なんじゃないか、ということだった。ミカワ自動者工業というおそらく日本を代表している企業の社員さんが、こんな人であっていいわけがない、と。


前にテレビで見たことがある。「水回りを無料で点検しますよ」と現れて、こっそりパイプに傷をつけて、「パイプが傷ついてますから修理します」と言って高い金をとる詐欺だ。となると、もしかしてこの後「回収にこれこれの手数料がかかります」といって高額を請求されるんじゃないだろうか?


でも、あのミカワの社員さんはこちらが呼んだわけだし、となると、あのミカワのWebサイト自体が偽サイト? そこまで手がこんでるの? とか、考え始めると急にどんどんネガティブな方向に頭が回る。


でも、詐欺師というのは普通、人に信用されるための努力をするものだ。あの人はどう見てもその逆で、まるで人に愛着を持たれない努力をしているようにさえ見える。自動者のデザインみたいに。


さて、結果的にいうと、この自動者は動き出したのである。かなり面倒なことに、その日の真夜中に。


(つづく)

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