我が家のオートマン

柞刈湯葉

第1話 倉庫と通信

春のはじめの日曜の朝、庭の隅にある収納庫を整理していたら、古い学習机の下から小型の自動者じどうしゃが出てきた。花粉症持ちでなければ誰だって外に出たくなるような、気持ちのいい陽気の日のことだった。


黒いビニールシーツの中に腕や脚のシルエットが見えたときは一瞬ギョッとしたけれど、おそるおそるシーツを剥がすと、そこにいたのは生きた人間ではなかった。もちろん死んだ人間でもなかった。土汚れた古い機械だった。


人の形をしていたけれど、愛玩用の人形でないことは明らかだった。背面には無骨なナンバープレートが見えるし、プールの壁みたいな人工的な青色だし、なによりも顔がついていない。人間らしい温かみを求めて作られたものではない。「これはただの道具ですよ」と、わざわざ主張するかのようなデザインだった。


最初に思ったのは、なんでこんなものがここにあるのか、ということだった。


普通に考えると、これは祖父の工場で使われていたものだ。記憶にある祖父は息子ともまともにコミュニケーションがとれない人だったので、従業員を雇うよりはこういう労働用の機械を使うほうが向いていたのだろう。


工場は父が後を継がないと決めた時点で廃業が決まって、そのとおりに廃業した。建物も備品もあらかた処分したと聞いたのだけど、どういうわけか自動者だけこうして持ち出されたらしい。


引っ張りだしてみると、青い機体は見た目よりもずっと軽くて、思わず尻餅をつきそうになった。軽量化の努力の結果というよりも、あるべきものが入っていないような不適切な軽さだった。人の形をしたものがこんなに軽くていいのか? というような。


収納庫に入っていた椅子に座らせてみると、子供用の椅子にちょうどフィットする体格だ。普段見かけるものよりも随分小さい。街中を歩いている自動者はもっと丸っこくて可愛らしいが、これはなんだか見た目がゴツゴツして、昭和レトロとでも形容したい雰囲気がある。NHKの朝ドラとか、金曜夜の古い映画とかで背景をうろついてるやつらだ。


身長(というべきなのか)は1メートルほどしかない。背面のパネルにはカタカナの「ミ」の形をしたロゴマークがついている。ぽかぽかと春の日のあたる様子を見ていると、なんだか公園にある動物の像みたいに見えてくる。


さて、こいつをどうしたらいいのか。収納庫の整理を命じられている以上、捨てるか、残すか、何らかの対処をしないといけないわけだけれど。


お父さんに聞いたら、まあ、「お母さんに聞いて」というだろう。で、母さんは「こんなボロいもん、粗大ゴミに出しちゃいなさい」だ。そのあとの会話も、表情まで含めてはっきりシミュレートできる。


「回収業者とかに渡せばいいんじゃないの? よくトラックで走ってるじゃん」「家電とかでしょ」「同じようなもんじゃん」「これ回収して下さいって見せて笑われたら嫌やねえ」「メルカリで売れるんじゃないの」「こういうのはヤフオクでしょ」「梱包大変そう」


といった具合で適当に処分の方針が決まる。そこで黙っていた父さんがおもむろに口を開くのだ。なんかこう、「家族と違う視点を出すことで家長の威厳を示しました」みたいなことを。例えば、


「こういうのって勝手に売って大丈夫なのか? ホラ、法律とか。ナンバープレートついてるし、登記とかあるんじゃないの」


とか。ああ、そうか、たしかに法律は気になるな。さすが父さん(脳内)。


さっそく廃棄手段についてググってみたけど全然出てこない。どうやら一般的な家庭は自動者の処分に困ったりはしないらしい。Yahoo! 知恵袋で1件だけ出てきた。「メーカーに問い合わせてみては?」というのに「ベストアンサー」がついていた。メーカー、どこなんだろ。なんかロゴっぽいのあるけど。


ためしに写真を撮って Twitter に上げてみた。

「うちの蔵からなんか出てきた。詳細わかる人いますか?」

と、3方向から撮った画像を添えた。一応、ナンバープレートの部分はスタンプで隠しておく。


フォロワー340人のアカウントなのに、あまり見たことない勢いでリツイートが伸びていく。どうやら世の中にはこういったモノが好きな人のクラスタがあるらしい。しばらくすると、


「FF外から失礼します。ミカワのカラクリと思われます。写真だと大きさがよくわかりませんが多分 Mouse-3 型ですね」


とリプライが来る。一度それが来ると、あとはもうリプライやら引用やらで「カラクリじゃん」「カラクリの1970年代型だな」と同じ情報がいっぱい来る。ひとりで十分なんだけど。「カラクリを生産終了したことは今でも恨んでいる」という人も来た。知らんがな。


とにかく型名がわかったのでググる。 Wikipedia が一番上に出てきた。


「ミカワ・カラクリ - Wikipedia」

「カラクリ(Karakuri)は、ミカワ自動者工業がかつて生産していた汎用型自動者。1953年生産を開始し、数度のモデルチェンジを経て、後継機シキガミの普及にともない1995年に生産を終了した。」


とある。でも、トップ画像に載っている機体はうちにあるのとは全然違う。色も白いし、人間みたいな顔がついている。ガラスケースの中で椅子に立てかけられている。写真のキャプションには「長久手市のミカワ博物館に展示されている初代型(1953)」とある。


スクロールバーが怖いくらい短い。「初代」「2代目」「軍用機」「逸話」とかいった項目が大量にあり、それぞれにブログ記事ひとつぶんくらいの文章が情報が並んでいる。こういう記事を書く人がどういう人生を歩んできたんだろうとぼんやり想像してしまう。お金がもらえるわけでもないのに。


Twitter にいるような教えたがりのマニアかもしれないし、もしかしたらメーカーの社員が書いてるのかも。広報目的で。身内が書くのは Wikipedia の規約に反していた気がするけど、確かめる方法もないだろうし。


とにかくメーカーと型番がわかったので、Webサイトの「お問い合わせ」みたいなところから電話をかけてみる。出てきた女性に簡単に事情を説明すると、


「わかりました。今から伺って宜しいでしょうか?」

「え、今ですか?」

「はい。ご都合よろしかったでしょうか」

「ええ、こちらは大丈夫ですが……」


といった話をして、その日の午後に本当にメーカーの人が来た。電話口の丁寧な応答とは裏腹に、なんだか不機嫌そうな眼鏡の若い男性がやたら大きなカバンを持って玄関に現れた。日曜に呼び出されたのだから仕方ないとは思うけど。


後から知ったことだが、この会社のサポートの人たちは「やたら早く来る」ということに定評があるらしい。なんか「事故が起きたら、警察よりも早く来る」とかで。


(つづく)

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