【オオカミと七匹の子ヤギ】 母は強し
「ちょっとあなた、どうしてうちのドアをぶち破ろうとしてるのかしら?」
「だ、誰だお前……」
オオカミの背後に立っていたのは、チェリーピンクの仮面とぴっちりしたトレーニングウェア、それに真っ赤なロングブーツを履いた人物だった。
「あたくしの名はショッキングピンク・マミーよ! 近々プロレス界でデビューすることになったの。けどあなたには特別、公開前の技をお見舞いしてあげるわ!」
「待て待て、俺はまだなにも……」
「ジャイアント・ウルトラ・トルネード・マミーキィィィィック!!」
ショッキングピンク・マミーは威勢よく突進して、オオカミの腹部に強烈なドロップキックをめりこませた。オオカミとマミーはそのまま扉を打ち破り、家の中へ転がりこんだ。
「ハッ、しまった! まだローン残ってたのに! まあでも、子どもたちの安全が第一だわ。あなたたち、ケガはない?」
「いてて」
「おでこぶった」
約2名、ドアの木片で負傷したものがいたが、マミーはそんな小さなこと気にしない。
「そう、無事なのね、よかった!」
完全にのびているオオカミの上で、ホッと胸をなでおろす。
「えらいわ、ちゃんとお母さんの言いつけを守ってお留守番してたのね! こっちへいらっしゃい。お母さんが抱きしめてあげる!」
子どもたちは、机の下や食器棚の陰や、柱時計の中から、突如現れたショッキングピンクの怪人をいぶかしげに見た。
「だれ、この人……」
「ショッキングピンク・マミーだって」
「そんな名前、聞いたこともない」
「そっか、キッズたちにこの姿を見せるのは初めてだったわね。今まで隠しててごめんなさい。実は、お母さんは女子プロレスラーを目指して特訓を重ねていたの! 恥ずかしくてなかなか言い出せなかったけれど!」
マミーは右のこぶしを天高く突き上げ、決めポーズをとった。
「まさか。母さんはこんな乱暴なことしねーよ」
「でも、見かけはたしかにヤギっぽいですし、念のため確認してみては?」
「ほら、あんたが行きなさいよ」
「ええ、ぼく? いやだなぁ……」
柱時計から小さなヤギがしぶしぶといった感じで顔を出した。
「えーと、じゃあ気が向かないから最初で最後の一問だよ。今この部屋には、何匹のヤギがいるでしょう?」
マミーはマスクで突っ張るあごに手を当てた。
「ははーん、いい問題ね。あなたたち子ヤギは7匹、でもあたしもヤギだから忘れずに数え入れて、答えは8匹よ!」
「ブッブー!」
小さなヤギは前脚でバッテンマークをつくった。
「オオカミが持ちこんだヤギのはく製を入れると、答えは9匹だよ。死んでるから数に入れないなんてひどいや! あんたはぼくたちのママじゃない!」
マミーは慌てふためいた。
「ちょっと待って、なによそれ、聞いてないんだけど!? あたくしは、本当にあなたたちのお母さんだってば」
マミーは仮面を外して素顔を見せようとしたが、その前に子ヤギたちが一斉にとびかかって家から追い出した。
「それー!」
「出ていけー!」
「この、不審者めー!」
ついでに、のびているオオカミもいっしょにたたき出して井戸に捨てた。
それから、コンビニへ行ってヤギのはく製を返品し、そのお金で防犯性の高い鉄の扉を買って家に取り付けた。
「これでよし!」
「母さん、早く帰ってこないかなあ」
七匹の子ヤギたちは、母さんが帰ってきたらこの一連の驚くべき攻防について話して聞かせようと、うきうきしながら待ちつづけた。
そのうち、だれかがこんなことをぽつりとつぶやいた。
「ねえ、オオカミがヤギのはく製を持ってきてたなんて、お母さんは知らなかったんじゃない?」
「えっ、だって外でオオカミに出くわしたなら、見てるはずだろ?」
「それよ。オオカミなんかに会ったら、ほかのことに注意を向ける余裕なんてないと思うの……」
子ヤギたちはまるではく製のように固まり、静まり返った。
しかしそれもつかの間、新たな訪問者が戸をたたいた。
「ただいま、母さんよ。開けてちょうだい」
「ほら、やっぱりさっきの不審者は母さんじゃなかったんだよ!」
子ヤギたちは喜んで飛び上がり、鉄の扉を開けた。
「あらあら、ヤギの家ってのは不用心なのねえ。誰が来たのかろくに確かめもせずに戸を開けるなんて」
子ヤギたちが出迎えたのは、自分たちの母さんではなく、どこかのオオカミの母さんだった。
「なんておいしい仕事かしら。いただきまーす!」
家の中は間もなく再び静かになった。
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