【オオカミと七匹の子ヤギ】 留守番は訓練のたまもの
母さんヤギの言いつけで、七匹の子ヤギは仲良く留守番していた。彼らはオオカミが来ても絶対に扉を開けないよう、見分け方をたたきこまれていたので、
「母さんよ、開けて」
というガラガラ声が聞こえても、決して騙されなかった。
「だめだめ、母さんの声はもっと透き通ったきれいな声だよ。お前は、オオカミだろう?」
「チッ、賢しいガキどもだ」
オオカミは最寄りのコンビニでのど飴を買って食べ、ヘリウムガスを吸った。
「開けとくれ、母さんが帰ってきたよ」
「うそだ、ドアの下から真っ黒い脚がのぞいているからな。お前は、オオカミだ!」
「チッ、よく見てやがるな」
オオカミはまたコンビニへ行き、小麦粉を買って手足にまぶした。
「母さんよ、開けてちょうだい」
「まさか。お母さんの脚の毛はそんなに長くないわよ。あなたは、オオカミね」
「チッ、注文の多い奴らだぜ」
オオカミはコンビニへ行き、バリカンを買って手足の長い毛を刈り、再び小麦粉をはたいた。だいぶヤギらしくなった。
「ただいま。母さんよ」
「いいえ、母さんはおしゃれに気を使っている爪にマニキュアとペディキュアを欠かさず塗るんです。もちろん、トップコートも。あなたは、オオカミでしょう?」
「チッ、年いってるくせに若作りなババアだぜ」
オオカミはコンビニの片隅にネイルサロンがあったことを思い出し、赤、白、黒の3色でおしゃれに塗ってもらった。
「坊やたち、いい子にしていたかしら?」
「もちろんだぜ! でも、母さんのヒヅメはそんなにたくさんに分かれてねーし、そもそも今日は真っ赤なブーツ履いて出かけたからな。お前は、悪党のオオカミだ!」
「チッ、てめーらの母ちゃんはいったいどこを目指して出かけたんだよ!」
オオカミはだんだん頭にきて、コンビニでヤギのはく製を買った。それから、その足にぴったり合う真っ赤なブーツを履かせた。これならもう、文句は言えまい。
オオカミは扉の前にはく製のヤギを置き、その後ろに立って声を出した。
「さあ、今度こそ母さんよ。開けてちょうだい」
「わーい、お母さんだぁ! おかえりなさい!」
「坊やに会いたくてうずうずしてるのよ。早く顔を見せておくれ」
「いいよ。でも、その前にいつものクイズだよね」
「ク、クイズ?」
「そう。本当にヤギなら簡単に答えられるはず。じゃあいくよ。第一問」
チャランとどこからか効果音がなる。
「ヤギを漢字で書くと、羊という字のほかになんという字を使うでしょう?」
オオカミは一安心した。このくらいは常識の範囲内だ。
「簡単だわ。答えは『山』よ」
「正解! ちなみに、野原の『野』でも正解だよ。じゃあ次、第二問!」
「まだあんのかよ……」
「ヤギはウシ科、ウマ科、シカ科のどれに属するでしょう?」
オオカミはまたほっとしてため息をついた。お腹が空いたとき、よく動物図鑑を眺めていた甲斐があった。
「答えは、ウシ科よ」
「お見事、正解! 次が最後の問題だよ」
「ふふん、なんでもかかってきなさい」
オオカミは自信ありげに言った。今まで、食物の対象となる動物の図鑑のページなら、何度も目を通してきた。どんな専門知識でも、答える自身はある!
「それじゃ第三問。現在のテレビ用アンテナの原型となる、指向性超短波用アンテナ、別名八木アンテナを発明した電気工学者は誰でしょう?」
「えっ、なんだって、テレビ用アンテナ!?」
「10秒以内に答えてね。10、9、8、7……」
オオカミは焦ったが、何となくどこかでそんな話を聞いたような気がしていた。オオカミは生粋のテレビっ子だったのだ。
「ええと、たしか、八木……あっ、思い出した! 八木秀次だっ!!」
「ピンポーン! 大正解!」
「よっしゃー!!」
オオカミは野太い声を上げた。この長いやりとりのうちに、ヘリウムガスの効果が切れてしまったのだ。
「ああっ、その声、やっぱりママじゃないじゃん! ぼくたちの宿敵のオオカミが意外と物知りなのはわかったけど、開けてあーげない!」
「チクショウどもめ、コケにしやがって……」
オオカミの怒りが、お腹の鳴る音とともに爆発した。
「もうこんなまどろっこしい真似はやめだ! 扉を壊してお前らを一匹残らず食ってやる!!」
「キャー!!」
「大変だ!!」
「バリケードを作れ!!」
「ちょっと、なに抜けがけして隠れてんのよ」
「柱時計の中はぼくがもらいます!!」
「バカ、あいつに聞こえたら意味ねえだろーが!」
「やだなあそういう作戦ですよ。本当はこのタンスの中に……」
「だからそれも聞こえるように言ったら意味ねーだろ」
「おいおい、ここはおれが先にとったんだあっち行け」
「うわーん、ぼくたち、全滅しちゃうよ」
オオカミは怒りにまかせてドン、ドンと何度も扉に体当たりした。
「柱時計の中か、そうかそうか……」
よだれをしたたらせながらそうつぶやいた。しかし、空腹で体力もそろそろ限界だった。あと一息というところでちょっと後ろに下がり、荒い呼吸を整える。
そのときだった。
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