【奥さまきつね】 夫婦の危機
尻尾が9本ある古狐は、最近妻の態度が冷たいように感じていた。そこで愛情を確かめるため、死んだふりをするという
するとキツネの奥様は嘆き悲しみ、自分の部屋に閉じこもってしまった。
「奥様、どうかここを開けてください」
女中のネコがドアをノックする。
「いやよ。私は喪に服しているところなの。放っておいてちょうだい!」
「そうは言っても、3日間もこんな状態では……せめてお食事だけでも、どうですか?」
ネコは少し意外だった。常日頃から旦那について文句ばかり言っていた奥様が、これほどその死を悼むなんて。
「そんなに落ち込んでばかりいては体に障ります。旦那様の葬儀のご相談だってありますし、お気を確かに……」
「だって、これまでだって少ない稼ぎだったのに、この先私はどうやって生活していけばいいの? まさかこんなに早くぽっくり逝くとは思わなかったんだもの! そうとわかっていたらたっぷり保険金をかけておいたのに。蓄えなんてどこにもないのよ?」
なんだそういうことか、とネコは納得した。
「大丈夫です。奥様はまだお若いですから、もっとお金持ちの殿方と結婚すればいいんですよ。ちょうど奥様に会って話がしたいという若い方が訪ねてきたところです。お通ししてもよろしいですか?」
「……その方は前の主人よりご立派?」
「ええ、顔もシュッとしていますし、お金持ちのお医者様だそうですよ」
「尻尾は何本?」
「1本です。とても毛並みがよくてフサフサで……」
「だめよ! 尻尾は9本でなくちゃ! お帰りいただいて」
「ええっ、もったいない……」
ネコは仕方なく丁重にお断りして、尻尾が1本しかないキツネに帰ってもらった。
しかしその後も、次から次へと求婚者が現れた。奥様ってこんなにモテモテだったのね、とネコはあっけにとられていた。
そのうえ、やってくるキツネの尾の数は、順に1本ずつ増えていった。弁護士、銀行員、商社マン、パイロット、売れっ子ミュージシャン(ネコはこっそりサインをもらった)、不動産王、石油王……どのキツネも優良物件だったにもかかわらず、奥様は尻尾の本数が9本でないことを理由に断った。
ネコは玄関と奥様の部屋を行ったり来たりしてへとへとになったが、ついに、とうとう、9本の尻尾を持つ求婚者が現れた。ネコは興奮気味にその旨を伝えた。
「奥様、ついに来ました! 9本の尻尾を持つ殿方です!」
「あらまあ、早くその方をお通しして!」
「ええ、ですが、そのう……」
「いいのよ、顔や年収は二の次で。私はとことん尻尾フェチなの」
「お金の心配をなさっていたのでは?」
「いいから、早く連れていらっしゃい!」
奥様の怒声に押され、ネコは飛び上がって来訪者を呼びに行った。
まもなく、奥様の部屋のドアがノックされた。
「コンコン、僕と結婚してくださいな」
奥様はようやくドアを開け、新しい旦那に挨拶した。
「あらあなた、おかえりなさい。一度死んだのに生き返ってくるなんて、地獄はよっぽどひどいところだったのね」
「なんだ、気づいてたのか」
満開のバラの花束の向こうから、古狐が顔を出した。
「当然よ。あんな芝居がかった死に方でだまされるわけないでしょ! キツネのくせに、嘘が下手なんだから。それに協力者が多すぎて不自然よ」
「君があんまり頑固だから、だんだんこっちもムキになってしまったんだ。今回は僕の完敗だね」
「あなたは一生、私の美しさにだまされていればいいの。でも、たまにはこういうお遊びも悪くないわ。もっと楽しませてくれるなら、もう一度結婚しましょう」
奥様は花束を受け取って鼻をうずめた。
「一生ついていきます!」
古狐は妻の前にひざまずいた。
ネコはそれを見て、「やってらんねーや」と壁を殴った。
~・~・~・~・~・~・~・~
グリム童話では同じタイトルで2つのパターンがあるお話です。
1つ目は古狐が死んだふりをしていて、奥様が若いキツネを選ぶと怒って追い出すパターン。2つ目は古狐は本当に死んでいて、若いキツネを選んだ奥様が古狐の死体を窓から捨てろというパターン。どちらも世知辛いですね。
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