【ラプンツェル】 さらば逃亡生活
ラプンツェルは何日も荒れ地をさ迷い、持ち前の忍び歩きや瞬発力をうまく活用しながら、やっとの思いで人里にたどり着いた。
そこは貧しい農村だったが、ラプンツェルが大幅に脚色した身の上話をすると大いに同情し、快く受け入れた。
ラプンツェルはその恩に報いるためよく働いた。普段は農作業や家事を手伝う。しかし時々は、横暴な領主の館に忍びこんでちょっとした財宝を華麗に持ち出してくることもあった。もちろん領主は怒り狂って追っ手をかけるが、こそ泥の正体をつかむことすらできなかった。農民たちのほうは薄々感づいていたが、あえて密告する者もいない。ラプンツェルがどこからか仕入れてくる食料や衣服を、ためらいつつも有り難く受け取った。
ある日、ラプンツェルが都市の郊外へ出張し、乞食のふりをしていたときのことである。
「そんな薄着で、妊婦なのに大丈夫かね」
「お優しい旦那様、もう春ですし、夜は藁の山に潜り込めば快適に眠れます」
身なりのいい紳士は小さく首を振ると、高そうな外套を脱いでラプンツェルに差し出した。
「有り難き幸せです。旦那様に神のお恵みがあらんことを」
ラプンツェルはカボチャで膨らませたお腹を大真面目な顔でなでた。
紳士が立ち去るのを見送りながら、ラプンツェルは肩を震わせた。感極まったからではない。おかしくてこらえきれなくなってしまったからだ。
するとまた一人、別のカモがやってきた。
「おや、君、こんな寂しいところで一人で泣いて、何かあったのかい」
男性は帽子を目深にかぶり、手の込んだ刺繍が施されたチュニックを着て、革のブーツを履いている。
「ああ、旦那様。先ほど見ず知らずの方にこのような見事な上着をいただいたのです。これで夜の冷えをしのぐことができると、うれしくて泣いていたのです」
「なるほど、それはけっこうなことだ。でも、服の中でカボチャを暖めることに、何の意味があるんだい?」
ラプンツェルはすっくと立ちあがり、黙ってその場を立ち去ろうとした。
しかし男はラプンツェルの手首をつかんだ。
「なんなのよ、大人しく引っこもうとしてるのに。向こうの路地に行けばプロの乞食がたくさんいるから、好きなだけ営業妨害するといいわ」
「君はひとつ勘違いをしている。僕は偽の乞食を責め立てたいわけじゃない。ただ君に会いに来ただけなんだ」
ラプンツェルは強烈な既視感に襲われた。こんなこと、前にも一度あったような。
男は帽子をとり、にやっと笑いかけた。
「やっと見つけたよ、髪長姫。久しぶりだな」
ラプンツェルの背中をつーっと汗が流れる。
それは塔を出た日に犠牲にした男に違いなかった。まさかこんなところで再会することになろうとは。
「その節は大変失礼いたしました。これ、お詫びの品です。どうぞ」
手に入れたばかりの外套を渡して逃げようとするが、男は手を放してくれない。
「うん、なかなかいいね。もらっておくよ」
「絶対似合うと思うわ。着てみたら?」
「後にするよ。手を離したら君が逃げそうだから」
ラプンツェルは観念した。
「わかったわよ。私もあなには悪いことしたと思ってるの。どうすれば許してくれる?」
「そうだな」
男はちょっと考えるふりをして、最後に会って以来また長くなったラプンツェルの金色の髪に触れながら言った。
ラプンツェルはびっくりしてお腹のカボチャを取り落とした。
「僕のために歌ってくれるなら許すよ」
「……それって、贖罪の歌?」
「なんでもいいよ。ただ、君の歌声がずっと聴きたかったんだ。どれだけ探し回ったと思う?」
「そうやって、数々の女性を手玉に取ってきたんじゃないの?」
「相変わらず、疑り深いんだね。じゃあこうしよう。君の警戒が解けるまで、お茶をして語り合う。もちろん、僕がおごるよ」
「……いいわ。あなたがどうしていたのか、ちょっと気になるし。ご立派な格好して、ずいぶん羽振りがよさそうね」
「僕は商人なんだよ。君のおばさんを説得して、畑にあったラプンツェルを売らせてもらうことにしたのさ。とってもおいしいし栄養価も高くて、大人気だよ。特に妊婦にはね。おかげでこっちも儲かってる」
「そんなことって……すぐには信じがたい話だわ」
「僕だって、君が服の中にカボチャを滑り込ませているのを見たときは信じがたい気持ちだったよ」
「私が育てたカボチャだもの。わが子と言っても間違いじゃないわ」
「わが子ならもっと大事にしろよ」
ふたりは地面に転がったカボチャを見て噴き出した。
「おばさんは、元気にしてる?」
「畑の管理で忙しそうだよ。若者を何人か雇い入れてしごきまくってる。久しぶりに会いに行くといいよ。さすがにこんなにたくましくなった君を、塔に閉じ込めようとはしないだろうし。怖かったら、僕も一緒に行くけど?」
「そっか。元気なんだ。よかった」
「……ラプンツェル、泣いてる?」
「違うわ。私、嘘泣きが得意なの」
ラプンツェルはポロポロと涙をこぼした。すると変装のために顔に塗っていた泥が流れ、ようやく素顔があらわになった。
まだあどけなさが残る、少女の顔だった。
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