【ラプンツェル】 危うい逃げ口上

 幽閉されていた塔からの脱出を果たしたラプンツェルは、久方ぶりに地上に降りた。


「ああこの感触、懐かしいわ!」


 ウキウキしながら裸足で土の上をくるくる躍っていると、ふいにガシッと足首をつかまれた。


「ひゃっ!?」

「あんたがラプンツェルか。さっきはよくも登ってる途中に命綱を切ってくれたな!」

「それは、ちょっとイメチェンをしようと思って……」


 と、言い訳したところで、侵入者(未遂)は手を放してくれない。


「な、なによ。そっちが悪いんでしょう! おばさんのふりをして私に呼びかけたんだから。それに、泥棒に義理立てするいわれはないわ!」


 と、足を引き抜こうとしたところで、泥棒(未遂)は手を放してくれない。さすが、ラプンツェルの髪を伝ってするすると塔を登ってきただけの握力である。


「お願い、放してよ。突然切り落としたのは悪かったわ。でもぐずぐずしていたらおばさんが帰ってきちゃう。そうなったら私は塔の中へ逆戻りよ!」

 ラプンツェルは必死に訴えた。

「君はひとつ勘違いをしている。僕は泥棒が目的で塔に入ろうとしたんじゃない。ただ君に会ってみたかったんだ」

「なんですって?」


 ラプンツェルは深い疑いの眼差しで男を見た。


「だめだめ、そんなの信じないわ。自分は泥棒ですって正直に言う泥棒がどこにいるのよ。そんなやつ、怪盗失格よ!」

「もしかして、推理小説が好きなのか?」


 ラプンツェルの体がぴたりと制止する。


「……私の愛読書について泥棒さんに話すつもりはないわ」

「いや、そうに違いない! 君が壁を降りてくるときの鮮やかな身のこなしは、本に出てくる怪盗そのものだった」

「……あなた、本をよく読むの?」

「まあね」


 すると男は、ようやく手を緩めてその場にあぐらをかいた。


「読書家っていうほどじゃないけど、ミステリーは好きだよ」

「私も! 特に犯罪小説はよく読んだわ。世の中にはいろんな詐欺師がいることを知っておけって、おばさんが買ってきてくれるの」

「へえ。優しい人だね」

「というより、過保護なの」


 ラプンツェルは口をへの字に曲げ、男の隣に座る。


「ねえ、どうして私とあなたは面識がないのに、会ってみたいなんて思ったの?」

「え? ああ、実を言うと僕にとってはこれが初めましてじゃないんだ。ほら君、塔の中でよく気持ちよさそうに歌ってるだろう。けっこう外まで響いてるって、教えてやろうと思って。妖精のばあさんがどうやって塔に入るのかは見て知っていたから、まねしたんだ。そしたら、うかつにも君が引っかかったというわけさ。いや、うかつなのはこっちのほうだな。まさかこんな報復が待っていたとは」


 今や男の手は完全に足首から離れていたが、ラプンツェルは別の何かに押さえつけられ、硬直していた。


「あ、あなた、私の歌を聴いていたの?」

「うん。なかなかいい声だね」

「ウソでしょ……」

 ラプンツェルは自分の心臓を縛りつけているものが恥辱だということにやっと気が付いた。


 と、そのとき、妖精が塔のほうへ歩いてくるのが見えた。

 ラプンツェルはじかれたように立ち上がる。


「ラプンツェル! どうして外にいるんだい!?」

「違うのよ、おばさん。私は嫌だって言ったんだけど、この人が無理やり……」


 妖精は地べたに座ってキョトンとしている男を見た。


「こいつめ、よくもうちのラプンツェルをたぶらかしてくれたね! そのうえあんなに長く伸ばしてた髪を切ってしまうなんて、ただじゃおかないよ!」

「いやいや、誤解ですよ! このお嬢さんは勝手に塔から出てきたんだから」

「泥棒の言うことが信じられると思うのかい!?」


 妖精は負傷している男の首根っこをつかんで締め上げた。


「痛い! 勘弁してくれ、被害者はこっちだよ!」

「おだまり、このペテン師!」


 そのすきにラプンツェルは音も立てずに走って逃げる。


「あっ、君、ひどいじゃないか!!」

 事態に気づいた男の声が背中から追いかけてきても、かまわず全力で走った。


(ごめんなさい!!)


 ラプンツェルは心苦しかったが、この機会を逃すまいと必死に足を動かした。男はもちろん、妖精でさえも追いつくことはできず、ラプンツェルは荒れ地へ逃げこむことに成功した。


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