【ラプンツェル】 完璧な防犯対策

 ラプンツェルは生まれてすぐにおばさん妖精に引き取られ、蝶よ花よと育てられた。12歳を迎えると、戸口も階段もない高い塔に軟禁され、温室植物のように育てられた。その塔から出入りするには、こうするしかない。


「ラプンツェル、ラプンツェル、お前の髪を垂らしておくれ」


 妖精の呼びかけに、ラプンツェルは小さな窓からロープのように長ったらしい三つ編みを垂らす。すると妖精は、塔の石壁をロープクライミングの要領で登ってくるのだ。妖精いわく、これぞ鉄壁の防御。ラプンツェルが長い髪を垂らさない限り、侵入者は絶対に入ってこられないのだ。


「……ってアホか!!」


 ラプンツェルはすばらしい金色の髪を床にたたきつけた。ひとりで留守番することが多いため、独り言やひとり突っ込みが増えるのは仕方のないことだった。


「そんなに防犯に気を遣うなら、ドラゴンかケルベロスでも雇えばいいんだわ。だいたい、こんな異様な家に入ってくる勇気ある泥棒なんて、そうそういないわよ」


 ラプンツェルは自身の髪のように長々と文句を言っているが、本当のところ自分がどうしてこんなところに閉じ込められているのかは、薄々わかっていた。妖精はラプンツェルのことを溺愛するあまり、外界の危険から遠ざけておきたいのだ。特に、悪い虫から。


「ラプンツェル、ラプンツェル、お前の髪を垂らしておくれ」


 外から、またおなじみの文句が聞こえてくる。

 ラプンツェルはうんざりした。このままでは、自分は何もしないままおばあさんになってしまう。いやその前にたぶん、頭がおかしくなる。

 ラプンツェルはかねてからひそかに準備していた計画を実行に移すことにした。

 いつも通り窓の留め金に髪を巻き付けて固定し、下界にしゅるるんと垂らす。


「いいわよ、おばさん、登ってきて」


 留め金を通じて髪の毛にずっしりと重みがかかるのがわかる。

 右手に隠し持ったハサミが手汗で湿る。


(まだよ、もう少し。なるべく高いところから落とすの……)


 ラプンツェルは怖ろしくて登りくるおばさん妖精をまともに見ることができなかった。


(ああ、もう来てる、近い近い)


 これはほとんどチキンレースだ。おばさんと私でやる、最後のゲーム。抜かりなく行かなくては。


「……さよなら、おばさん!!」


 ラプンツェルは目をつぶり、生まれてこの方伸ばし続けてきた髪を、ひと思いにジョキンと切った。

  とたんにものすごく体が軽くなり、ものすごい悲鳴がこだました。


「ギャアァァァアァァアァァァッ」


「……あれ、なんかおばさんの声にしては太すぎるような」


 嫌な予感がして、おそるおそる窓から下をのぞく。

 地上には、見知らぬ男性が伸びていた。記念すべき泥棒第一号である。


「どうしよう!?  妖精ならともかく、普通の人がこの高さから落ちたら命にかかわるわ」


 だが幸い生きてはいるようで、「目が、目がぁぁぁ」とうめく声が聞こえてくる。


「よし、逃げよう」


 ラプンツェルはチェストの奥に隠してあった金のザイルを取り出した。脱出用に抜け毛でよっておいたのだ。


「さよなら、息苦しいお家!」


 留め金にザイルを巻き付け、怪盗紳士のごとき手際で壁を蹴りながら素早く降りる。退屈な日々、こういったしょうもない一人遊びで訓練を重ねてきたのだ。

 こうしてラプンツェルは、人生初の泥棒撃退と家出に成功した。

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