【ヘンゼルとグレーテル】 灼熱のかまど

 悪い魔女はとっておきのごちそうの付け合わせに、かまどでパンを焼いた。それがとてもいい匂いだったので、お腹を空かせたグレーテルがつられてのこのこやってきた。


「まあ、おばあさん、とっても素敵な匂いがするわ」

「当然だよ。お前の兄さんをごちそうに仕上げるにあたって、ほかにもおいしい料理をこしらえているんだからね」

「今日はあたしに作れって言わないのね」

「お前の作るものはいつもしょっぱかったり、バカに脂っこかったりするからね。まったく、この私が指南しているのにあの程度のものしかできないとは、あんたはよっぽどどんぶり勘定なのか、不器用なんだね」

「栄養が足りてないせいよ。お肉とかパンとか具の入ったスープをくれれば、もっと上手くやれると思うわ」

「やれやれ、兄さんが食べられようとしているっていうのに、のんきな子だね。ほら、ちょっとかまどをのぞいて、パンがきつね色になったかどうか見ておくれ」


 グレーテルはかまどの中をのぞいた。凄まじい熱気の向こうに、こんがりきつね色をしたつやつやのパンが並んでいた。

 グレーテルは思わず息をのみ、輝くパンの列に手を伸ばした。


「バカたれ! 黒焦げになりたいのかい!」


 悪い魔女はグレーテルの小さな手をぴしゃりと叩いた。


「だって、だっておいしそうなんだもの!」


 グレーテルの瞳にみるみる涙がたまっていった。


「あっ、あたしの今朝のご飯、パンくずとレーズン3粒だけだったし、レーズンは嫌いだから食べられないし」


 グレーテルの声はどんどん甲高く不明瞭になっていく。


「頑張ってるのに誰もほめてくれないし、お兄ちゃんは食べて寝るだけだし」

「おやめ! そのキンキン声は頭に響くんだよ」

「お父さんもお母さんも、全然迎えに来ないの、なんでっ!?」

「おやめったら」

「みんな、大っ嫌い!! あたしはパンが食べたいのっ!」

「わかったよ、食べていいから……」

「バカー!! お兄ちゃんのバカー!!」


 マンドラゴラも真っ青なグレーテルの金切り声で、魔女はついにぶっ倒れた。それもこれも、4週間にわたる不健康な食事療法の成果である。


「あ、あれ、ひょっとして今、チャンスかしら?」


 グレーテルは念のため薪で気絶している魔女の頭をぶん殴り、かまどのパンを名残り惜しそうに一目見てから、ありったけの薪を突っ込んだ。


「どうせ食べられないなら、こうしてやる!!」


 グレーテルのたまりにたまっていたうっぷんを燃料にして、かまどはメラメラと燃えた。


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