その901 君と握手

 木龍クリュー地龍テルースの参戦が決まり、俺は本来の話に戻った。


「それで、シギュンなんだけど」

「何でしょう、ミケラルド様」


 珍しく煽ってこないところを見ると、内心相当焦っているご様子。


フェンリルワンリルと共に広域哨戒任務だね」

「フェンリルと一緒にって認識でいいのかしら?」

「えぇ、大事な戦力ですからね。失う訳にはいきません」

「……いいわ」


 心なしか、笑みを零したように見えたのは気のせいだろうか?

 そして心なしか、ナタリーとアリスの視線が強いのは気のせいだろうか。


「当然、前線の戦線状況の把握、報告もこれに含まれます。ナタリーとの連携は密にお願いします。場合によっては威力偵察も任せますが、自身の命を最優先に動いてください。この会議の後にガンドフへ。ウェイド王には話を通してありますので」


 コクンと頷くシギュン。

 ……やっぱり嬉しそうだな? 良い事でもあったのだろうか。


「ナタリーは【魔導艇】から各国との連携、指示……だね。さて、こんなところかな?」


 俺がナタリーに確認すると、頷いて肯定を示す。


「あの……」


 小さく挙手するのは聖女アリス。


「何か?」

「オリハルコンズの残りのメンバーはどうするんでしょうか……」

「ラッツさんを主体に冒険者ギルドと連携して頂きます。【魔導ギア】にはランクS以上の冒険者に渡る予定ですが、完全に使いこなすには圧倒的に経験が足らない。現状は稼働訓練の指導に当たってもらいますが、いずれは竜騎士団、聖騎士団と共に動く事も視野に入ってきます」

「そうですか……わかりました」

「ところで……」


 俺は途中参加した二人に聞いた。


「お二人は何故ここへ?」


 その質問ののち、二人は見合ってから俺ではなく……ナタリーを見たのだ。

 すると、その意図に気付いたリィたんが言った。


「先程の件だな」

「先程って……ダンジョンの中で何かあったの?」


 何かあったとして、それが何故ナタリーなのか。

 一応ナタリーからは全て報告を受けているのだが、まだ何かあるというのだろうか。

 俺が知らないという事は……俺たちが別々に飛ばされたあの時の事だろう。

 誰の顔を見ても答えを持っていなさそうだ。

 唯一答えを持っていそうなナタリーは……過去一で難しい表情をしている。

 これは……、


「……ちょっと場所を変えようか」


 ◇◆◇ ◆◇◆


 俺とナタリーに付いて来たのは、リィたん、エメリー、アリス。SSSトリプルダンジョンに侵入したメンバーのみである。

 他の皆は気を遣ったのか、それぞれ任務に移って行った。

 俺たち五人がやって来たのは、中庭裏にあるいつもの場所。

 過去ジェイルやリィたんに武器を造ったり、ナタリーやロレッソと井戸端会議をした場所である。

 整えられた芝に腰を落とし、他の三人もそれにならった。

 だが、ナタリーだけはぽつんと立ったまま。

 何とも反応に困る顔である。

 話すに話せない。そんな心根を感じる表情だ。

 仕方ないので、俺は勇者と聖女がミナジリ共和国に来た理由を聞いてみた。


「それで、二人は何故ここで? どうもダンジョンの話みたいですけど?」


 すると、ナタリー以外の三人が顔を見合わせた。

 どうやら、誰が話すべきかアイコンタクトしているみたいだ。

 そして、勇者の視線と聖女の視線が同じ方向に流れた時、答える者が決まった。

 この二人よりもナタリーと付き合いの長い人物――リィたんに白羽の矢が立つ。

 一瞬困った表情を浮かべたリィたんだったが、ちらりとナタリーを見て言う。


「……ナタリー、話すが、構わないな?」


 否定とも肯定ともとれない沈黙。

 だが、リィたんに任せたとも言い切れない様子だ。


「……霊龍への三つの質問が終わった後、ナタリーは霊龍を引き留めるように声をかけた」

「それは何ともナタリーらしくないな」


 ナタリーが引き留めたところで、あの霊龍が怒るとも思えないが、ナタリーならそんな危険な真似はしないはず。

 つまり、それでも引き留めたい何かがあった。

 答えは明々白々。

 ナタリーは霊龍との対話を求めた。

 ある意味、俺以上の特別待遇を求めた訳だ。


「……何か、霊龍に聞きたい事があった。そういう認識でいい?」

「おそらくな」

「そう言うって事は、対話ソレは成し得なかったって事だよね?」

「それがどうも、私にもよくわからなくてな」


 あのリィたんがわからないとはどういう事だ。

 俺はエメリーとアリスに目をやった。

 すると、エメリーが答えてくれたのだ。


「ナタリーさんの言葉の後、霊龍さんは一言だけ……『今、貴女が考えている通りです』って言ったんです。その後、私たちはすぐにダンジョンの外に……」


 ……なるほど。

 つまり、霊龍はナタリーの考えを全て読んだ上で肯定したという事か。

 その意味を知るため、エメリーとアリスはここに来た。

 確かにナタリーから報告を受けていない内容だ。

 ナタリーが俺に隠し事なんて珍しい。

 霊龍とする内緒話? 何それ、世界スケールじゃん。

 エメリーとアリス、リィたんも、「あれは何だったのか?」と聞きたい訳だ。

 だが、肝心のナタリーは俯き、黙ったまま。

 俺は三人と顔を見合わせ、困った表情を浮かべた。

 すると、ナタリーは言葉ではなく行動で示した。

 一歩前に出て、小さく前へ右手を伸ばしたのだ。

 まるで俺に「握って」と言わんばかりに。

 俺は訳がわからないまま、その手を取った。

 だが、俺はその手を反射的に放してしまったのだ。

 驚くリィたん、エメリー、そしてアリス。

 だが、それ以上に驚いたのは俺だ。

 驚かない訳がない。

 手に残る熱。

 掌から煙とともに立ち上る焦げ付いた臭い。

 あれ…………痛いよ?

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