その900 前線基地

「ここが……前線基地……?」


 レミリアの戸惑う顔。

 しかし、それは何もレミリアだけではなかった。

 エメリーも、アリスだって戸惑いを隠せていない。


「それは、どういう意味ですか……?」


 聞かずにはいられない。

 アリスはそんな表情をしていた。

 ここは俺……という訳にはいかないんだろうな。

 何たって、元首ミケラルドのご意見番――ナタリー大明神が目で俺を制してきたからだ。

 ナタリーは別にアリスに黙っていろと制してきた訳ではない。

「私が説明する」という意思を俺に伝えてきたのだ。


アリスさん、、、、、には少し酷な話かもしれませんが、聞きますか?」


 まさ滅私めっし

 アリスへの敬称がかしこまり、尚且なおかつ、ミナジリ共和国の軍部トップとしてナタリーは言ったのだ。


「……はい」


 受けざるを得ないといった様子のアリス。

 すると、ナタリーはすーっと息を吸い、すんと鼻息を吐いた後、アリスとエメリー……いや、この場にいる全員の共有事項として説明を始めた。


「まず、ガンドフ北部、魔界南部にある関所。ここには、先程ミケラルド様、、、、、が説明した通り、竜騎士団を配します。魔王復活に伴い、一番苛烈を極めるのは間違いなくこの関所です。レミリア、、、、が言った『前線』は間違いなくここ。でも、前線は自然と下がる事になります」

「何故でしょう……?」

「とってつけたような関所と、竜騎士団だけで真価を発揮した魔族を受け止められるとは考えにくいからです。開戦間もなくして、竜騎士団は魔王軍の戦力把握の後、ミナジリ共和国へと撤退します」

「っ!? そ、それじゃあガンドフはどうなるんですか!?」


 アリスの疑問はもっともだろう。

 何故なら、関所を放棄すれば、魔界の目と鼻の先にあるのは――ドワーフ国家ガンドフなのだから。


「そこで、レミリアの出番です」

「私……ですか?」

「最初から竜騎士団を二つに分けています。魔界の関所から帰った竜騎士団は、当然すぐには動けないでしょう。ジェイル団長の代わりにミナジリに残った竜騎士団を率い、動かせるのはその中で訓練を積んだレミリアしかいない。つまりレミリアには、ガンドフへの救援団として竜騎士団を率いてもらうつもりです」

「つまり……二交代制の後手」

「ジェイルの代わり、だからね」


 凄いな、流石ナタリーだ。

 今の一言で、レミリアに覚悟を決めさせた。

 常敗してる剣の師であるジェイルの代わりである。剣神イヅナにすら言えないような事をさらっと言う。


「じゃ、じゃあここが前線というのは……」


 アリスが求めた答え。

 それは、アリスにとっての正解ではないのだろう。

 だが、ナタリーは心を固く硬く、氷で覆い、言った。


「ガンドフへの転移が不可能と判断されるまではこれが続きます。そして、次に狙われるのはリプトゥア国と、法王国」

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! 転移が不可能って――何を!?」

「我がミナジリ共和国は、ガンドフ……いえ、戦線がこのミナジリ共和国まで下がるという可能性が非常に高いと判断しています」

「そ、それって……」

「はい、ガンドフ、リプトゥア国、法王国が滅亡する可能性があるという事です」

「そ、そ……んな……」


 絶望を顔に浮かべるアリス。

 彼女には酷な話だろう。生まれ育った国が亡ぶと言われているのだ。絶望しない訳がない。

 だが、ここは夢や理想論を語る場ではない。

 想定される戦力を最大に考え、想定される被害を最大に考え、それでも生き残る方法を探る場なのだ。


「当然、こちらも簡単にやられるつもりはありませんし、各国の要人は勿論の事、全国民をミナジリ共和国へ避難させる手段も構築中です。明日には各国の要所にテレポートポイントが配備される予定です。現実的に考えて、ミナジリ共和国の外壁は世界一強固に造られていますし、長期的経戦を考えれば、ミナジリ共和国以外で戦う事は愚策……」


 そこまで言ったところで、ナタリーの言葉が止まった。

 まだ言わなくちゃならない事はあるのだが、身内にこの説明はナタリーにとってもつらいものなのだろう。


「……ミナジリ共和国として」


 ナタリーが強く唇を噛む。


「ミナジリ共和国として龍族のお二人に協力を要請したく」


 振り向き、地龍テルース木龍クリューに言うナタリー。


「どうか……どうか、ミナジリ共和国に……いえ、世界に協力して頂けないでしょうか……!」


 深々と下げた頭。

 国として、軍部トップとして、ミケラルドの友人として……そして、ナタリーとして。

 ここで俺が頭を下げるのは簡単だ。だが、この軽い頭をここで披露する訳にもいかない。ナタリーは軍事的、政治的……あらゆる観点からそう判断し、自分で行った。

 ならば、俺がナタリーにならってはいけないのだろう。


「私からも頼む」


 だが、ナタリーの良き友であるリィたんなら――。

 顔を見合わせる木龍クリュー地龍テルース

 そして、木龍クリューは俺を指差して言ったのだ。


「そこの元首は、既に私たちを数に入れているみたいだぞ」


 台無しの一言を。

 ナタリーの覚悟を、リィたんの誠意を一瞬にして掻き消す、俺の表情。うぅむ、ナタリーが小刻みに震えながら俺を睨んでいる。「こういう時くらい表情を読まれるんじゃない」といったオコな様子である。


「――えーっと……という訳で、木龍クリュー地龍テルースさんは参加って事で」


 そう言いながら、俺は竜騎士団の助っ人枠に、二人の名前を書き記したのだった。

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