◆その893 史上初の侵入6

「美しい……」


 リィたんの口から溢れた感動は、皆、口にせずとも共有していた。一面の白い空間。優雅に空を泳ぐ一匹の龍。

 ――霊龍。

 透き通った翼から零れる虹の光。白く輝く雄大な龍。

 たとえドッペルゲンガーだとしても、紛い物だとしても、皆の目にはそう映った。


「……恨めしい」


 そう、一人の吸血鬼を除いて。

 皆の感動をぶち壊す一言は図らずとも開戦の時を迎えさせた。

 ドッペルゲンガーはオリハルコンズを見据え、身を奮わせ吼えた。


「キィアアアアアアッ!!」


 直後、霊龍は瞬く間にエメリーとの距離を詰め、その質量に身を任せるように突進した。

 鈍い音と共に吹き飛ばされるエメリーに、皆一瞬の驚きを見せる。


「「速いっ!!」」


 だが、ふわりと着地したエメリーは痺れる手で剣を握り締め――、


「受けられる……!」


 ニコリと笑った。

 それと同時、リィたんがドッペルゲンガーに飛びかかった。

 このタイミングでラッツが指示を飛ばす。


「ナタリー、メアリィ、キッカ、アリス!」

「「パワーアップ!」」

「「スピードアップ!」」


 矛の先をエメリーとリィたんに任せるように、四人は的確な補助魔法を発動。


「ハン、レミリア!」

「おうよ!」

「はい!」


 ハンが投げナイフを飛ばし、霊龍の進路を妨害する。

 初撃から戻ったリィたんがレミリアの剣の面に乗り、


「はっ!」


 レミリアが剣を振ると同時、リィたんは再びドッペルゲンガーへと向かう。


「クレア!」

「ウィンドアロー!」


 リィたんに気を取られたドッペルゲンガーの真下から、ラッツの指示の下、クレアが魔法を放つ。

 クレアに意識を奪われたドッペルゲンガーの顎先をリィたんが狙う。


「ハァアアア!!」


 顎をかち上げた先にいたのは、


「勇剣、烈火!!」


 完全覚醒を果たした勇者エメリー。

 撃ち落とされるドッペルゲンガー。クレアは避難しながらも攻撃を続ける。反対から駆けつけるラッツが滑り込みながら剣を構える。


「かぁああ!! 猛剣もうけん重斬じゅうざん!!!!」


 本日一番の気合い。

 ラッツの一撃は再びドッペルゲンガーを中空へと舞い上げた。


(エメリーの一撃で撃ち落とされた高質量のドッペルゲンガーを撃ち返すなんて……ラッツも成長したなぁ。次世代オベイルってところか)


 戦闘を観察しながら顎を揉むミケラルド。


「ふっ、さすがは三番目の男だ」


 リィたんがかつて武闘大会で失神したラッツにかけた言葉。

 武闘大会の大失神劇を思い出し、ミケラルドが苦笑する。

 打ち上がったドッペルゲンガーが反転し尾撃を繰り出すも、これをレミリアとハンが受けもつ。

 二人がかりといえどZ区分ぜっとくぶんに届くドッペルゲンガーの一撃。二人は苦悶の表情を一瞬見せるも、


「「パワーアップ!!」」

「「おぉおおおおお!!」」


 アリスとキッカが次弾の援護魔法を放ち、気合いと共にこれに押し勝った。

 二人の背後、上空から降りてくるエメリーとリィたん。


「お二人とも、後は任せてください!」

「よく凌いだ!」


 二人の激励を見送り、ハンとレミリアは全てを使い果たしたかのように地上へと落ちていった。


(あの一撃を二人で受けたんだ。戦線離脱は仕方ないだろう。猛攻以外の立ち回りなら話は変わったが、相手がZ区分ぜっとくぶんのドッペルゲンガーである以上、被害を最小で終わらせるならこれしか手はない……か)


 リィたんが再びドッペルゲンガーの顎先を狙う。

 ドッペルゲンガーの脳裏に先のダメージが過ったのか、これを嫌がるようにクイっと顎を上げる。

 そこに待っていたのがエメリーである。

 ナタリーの魔法で更に高高度まで跳んだエメリーは的確にドッペルゲンガーの頭部を捉える。

 メアリィの援護を受けたリィたんもまた、それに合わせるように顎先を穿つ。

 上顎エメリー下顎リィたんに挟まれたドッペルゲンガーついに後退を選ぶ。

 しかし、その後退を許さないのがラッツである。

 落下するハンから武器を受け取り、ドッペルゲンガーの尾を叩くように押し出す。


「双猛剣、双重斬っ!!」

「キィ!?」

「ラッツさん!」

「ナイスだ!」


 ラッツによって押し戻しされたドッペルゲンガーに、溜めに溜めた二人の上下からの一撃が襲う。


「がぶり」


 遠目にそれを見ていたミケラルドが小さく零す。

 二人の一撃により、ドッペルゲンガーの首から上が消滅。

 これを確認したミケラルドが皆に大きな拍手を送る。


(最後のラッツが凄かったな。あの時、あの高さまで援護出来るサポート魔法使いはいなかったはず。だけど、遊撃を担ってたクレアならそれが可能。援護射撃だけだと思ってて完全に見落としてた。いや、ほんと凄い。疲労感は見えるも、Z区分ぜっとくぶんをノーダメージで倒せたのは、彼らにとって大きな財産になるだろうな)


 ミケラルドの拍手に応えるオリハルコンズのメンバー。

 ある者は鼻高々に、ある者は気恥ずかしそうに、またある者は不服そうに。

 そんな皆の反応の後、白い空間に光が漏れる扉があらわれる。

 瞬間、皆が見せていた安堵の表情が無くなる。

 そう、その先には本物の霊龍がいるのだ。

 たとえリィたんであろうと、いや、リィたんだからこそ、霊龍の恐ろしさがわかるのだ。

 皆が固唾を呑む中……、


「もうちょっと空気読んで欲しいよね」


 ミケラルドは平常運転だった。

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