◆その873 剣鬼と剣神

 無数の乱打がオベイルを襲う。

 魔導アーマーミナジリのアシスト能力により、成長したエメリーよりも動けるようになったオベイルは、表情を歪めながらもその攻撃を防いでいた。

 だが、いくらアシスト能力があろうとも、身体を動かすのはオベイルである。酷使する動きに身体が悲鳴を上げ始める。


「くっそがぁ!」


 中段からの斬り払いが尖兵を狙う。

 しかし、尖兵はそれを難なく受け止めてしまう。

 そしてオベイルの大剣バスタードソードを掴み、ぐいとひねる。


「うお!?」


 魔導アーマーのアシスト能力すら凌駕する力に、オベイルが腰を落とす。尖兵はその隙を逃さなかった。先程のお返しとばかりにオベイルの中段を狙ったのだ。


「くっ!」


 避けきれない一撃。

 そう思ったオベイルだったが、その中段蹴りが届く事はなかった。

 オベイルの脳裏には一瞬雷龍シュリの援護が思い浮かんだものの、眼前にいたのは彼女ではなく、オベイルがいつも共に生活している人物だった。


「ほっほっほ、待たせたな鬼っ子」

「じ、爺っ!」

「声が上ずってるぞ?」

「う、うるせぇ!」


 尖兵はイヅナの登場に一瞬動きを止め、オベイルはその隙をいて強引に剣の制御権を取り戻した。

「こやつ、受けてみると確かに重い……が、動きは単調」


 イヅナはそう言うと同時、受けていた尖兵の脚を流すように払い、更にその動きを加速させるように真上に払ったのだ。間の抜けた倒れ方をした尖兵と、それを悠々と見下ろすイヅナ。


「くそ、やっぱむかつくな……その技」


 かつて自分にもかけられた事のあるような台詞を吐いたオベイルに、イヅナが笑う。


「ほっほっほ……技?」

「んだよ?」

「仕方ないな。では見せてやろう……本物の技がどのようなものか」


 イヅナはその言葉と共に尖兵へと詰め寄った。

 立ち上がり反撃の姿勢を見せる尖兵に、イヅナは何の変哲もない直突きを放った。

 その突きは呆気なく尖兵に受けられてしまう。


「ほっ!」


 尖兵が突きを腕で受けた瞬間、イヅナに力が入る。

 魔導アーマーのアシストもあり、その威に尖兵も腰を落としたのだ。


「ぬん!」


 気合いと共にイヅナは更に力を込める。

 直後――、


「「っ!?」」


 皆の驚きは明らかだった。

 イヅナの剣が、尖兵の腕を貫いたのだ。

 そこからは一瞬だった。返す手でイヅナは尖兵の腕から手にかけ剣を引き上げ、更に真横に斬ったのだ。

 突きから始まった神速の十字斬りは右腕を斬り落とし、尖兵を後退させたのだ。

 この一瞬の出来事に目を丸くさせたのは、オベイルだけではなかった。

 オリハルコンズのメンバーは勿論、リィたん、雷龍シュリですら目を見開いたのだ。


「ミック、今のイヅナの動き……見えたか?」


 リィたんの問いに、ミケラルドが答える。


「いや凄いね、アレは単純な突きじゃないよ。相手の力を利用した三連突き……それも、引き手を見せない突きなんて、正に神技って感じだね」


「正に神技」――ミケラルドの言葉通り、間近で見ていたオベイルはイヅナの動きに息を呑んだ。


(初撃、突きに対する魔王の尖兵の受け……こりゃ言っちまえば衝撃に対する反発だ。受けるから力み、受け止め、跳ね返す力を起こそうと動くのが当然。だが、爺はこの時、既に次の攻撃に移っていた。二撃目、初撃に対する反発、、と衝突させるように突きを再びぶつけた。相手の反発と、爺の突きが合わさったんだ。この時の威力だけで想像を絶するもんだろう。だが、爺はこれを更にもう一回続けた……尖兵が腕の蓄積ダメージに気付く事ない、まばたきすら許さねぇ刹那の見切り……初撃で受けを誘い、二撃目で蓄積、三撃目には尖兵の腕に風穴が空いてるって寸法か――ちっ、まだまだ底が見えねぇ爺だ……!)


 そんなオベイルの意図を読み取ったかのように、イヅナが笑う。


「ほっほっほ、まだまだ捨てたもんでもないだろう?」


 ニヤリと笑みを浮かべるイヅナに、苛立ちを見せ立ち上がるオベイル。


「ちっ、なるほどな。魔導アーマーのおかげで出来る事が増えたって訳か」

「そういう事だ。筋力ばかりはどうしようもないからな」


 イヅナの軽口の直後、右腕を失った尖兵が動く。イヅナの死角に移動した尖兵だったが、それを防いだのはオベイルだった。


「よそ見してんじゃねぇよ、爺」

「いやいや、鬼っ子の性格を冷静に分析した結果、任せただけの事だ」

「その減らず口、どこかの吸血鬼を思い出すからやめろ」

「ほっほっほ、私もボンに毒されたのかもしれんな」

「毒をダイレクトで浴びてるだろうが」


 そんな軽口の言い合いをしながらも、二人は尖兵の攻撃を防ぎ、受け、跳ね返し、反撃へと移る。

 イヅナによって尖兵の右腕が斬り落とされ、二人に余裕が出来たのだ。否――それ以上に、二人の動きはこれまで以上に洗練されていた。

 それを遠目に見ていたミケラルドは――、


(まぁ、ここ最近ずっと一緒にいた二人が組めば、そりゃチームワークは完璧だよな。こりゃ……勝負はすぐ決まるな)


 そう思いながらくすりと笑っていた。

 この数分の後、イヅナとオベイルは、ミケラルドの予想通り魔王の尖兵にとどめを刺すのだった。

 皆の喜び、安堵の声が響く中、ミケラルドは未だ暗い空を見つめた。

 その視線の先にいたのは、つい先程まで魔界で九体の魔王の尖兵を相手取っていた――古の賢者だった。

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