◆その874 分岐点

 空を見つめるミケラルド。

 そこにいたのは古の賢者。

 二人の視線が交わる事はない。

 古の賢者の目はミケラルドに向いていなかったのだ。

 その視線に気付いたミケラルドは、古の賢者の視線を追う。

 そして気付くのだ。視線の先にイヅナとオベイルの姿があった事を。


(イヅナとオベイル……いや、違う)


 古の賢者の表情を今一度見た時、ミケラルドが気付いた。


(なるほど、【魔導アーマー】か)


 そう、古の賢者が見ていたのはイヅナとオベイルではなかったのだ。彼が見ていたのは、今しがたミケラルドが造った【魔導アーマーミナジリ】。

 ミケラルドがそれに気付いた時、古の賢者の表情も相まって、すぐにその意図を知る。


「……なるほどね、【魔導アーマーアレ】は知らないって事か」


 そう零した時、ミケラルドの視界からは、既に古の賢者の姿はなかった。


(……つまり、ここが【分岐点、、、】)


 古の賢者が知る事、ミケラルドが知らない事。

 過去をどれだけ遡ろうとも、覆らなかった事実。

 しかし、ここからは全てが不明。そう理解したミケラルドが薄気味悪い笑みを浮かべる。


「ようやく同じ土俵に立てたって事か」


 それが何を意味するのか、ミケラルド自身もわからない。

 未来視など出来ない。当然の事。しかし、その表情の変化を捉えていた一人の女は顔を引きらせていた。


「どうしたんですアリスさん、顔が怖いですよ?」

「どの口が言ってるんですかね?」

「勿論、この口です」


 言いながらミケラルドは、自身の指で口角を上げて白い歯を剥き出しにした。

 それに対しアリスは大きく溜め息を吐いて額を押さえた。


「……聞いた私が悪かったです」

「ところでアリスさんって聖女でしたよね?」

「今更何を言ってるんですか?」

「エメリーさんの事、助けなくていいんですか?」


 そう言ってミケラルドはエメリーを指差した。

 エメリーは一緒に吹き飛ばされたリィたんが救出したものの、満身創痍まんしんそういという表情だ。既にナタリーが対応しているものの、早急な対応が必要な状況。

 ミケラルドの言葉に驚き、すぐにエメリーへと駆けよるアリス。

 慌ただしいアリスの背を見送り苦笑するミケラルドと、それを横目に見ていたキッカとハンが話しかける。


「で、何でミケラルドさんは行かないの?」

「いやいや、皆まで言ってくれるなキッカちゃん」

「あら、どうして?」

「ミケラルドの大将は、実はもう疲弊し切ってるんだよ」

「あらあら、それはどうして?」

「考えても見ろよ、俺たちのおもりをしてガンドフまで行軍、更にはアリスちゃんの【聖加護】をその身に受けながらエメリーの剣を造ったんだぜ? これで疲れてなかったらどんな超人だよって話だろ?」

「確かにその通りね」


 まるで劇中劇のような会話。

 ミケラルド自身も「深夜の通販番組みたいだな」と思っていた。


(けど、なかなかどうして……よく見てるな)


 当初、その体力はミケラルド自身も七割と見積もっていた。

 しかし、ミケラルドが考えるよりも、状態は良くなかったのだ。


「【聖加護】……か」


 ミケラルドの後ろで呟くように言ったのは、雷龍シュリだった。


「流石、よくわかっていらっしゃる」


 振り返らずミケラルドが言うと、


「勇者の剣が造れる程の聖女の聖加護を受けて、ただで済む魔族なんている訳ないだろう。一週間は大事をとれ、ナタリーには私から話しておいてやろう」


 雷龍シュリはそう言って姿を消したのだった。

 その後、ナタリーの指示で魔王の尖兵の亡骸を回収。その翌日ガンドフのウェイド王に事のあらましを説明したのだった。


 ◇◆◇ ◆◇◆


 ガンドフの迎賓館げいひんかんの一室。

 そこにはミケラルドとリィたんが顔を突き合わせていた。


「そう、尖兵の亡骸はやっぱり消えちゃったか」

「元々は魔王の瘴気から生まれたもの。煙のように消えるのは必然……木龍クリューがそう言っていた」

「まぁ、そうなるよねぇ」

「ところでミック」

「なんざんしょ?」

「それは……ナタリーが?」

「よくわかったね」


 こもった声でミケラルドが言うとリィたんが苦笑する。

 雷龍シュリの報告により、ミケラルドの身体が完全でないと知ったナタリーは、ウェイド王と交渉。冒険者デュークとして参加した今回の一件だったが、他国の王が勇者の剣製作で疲弊していると知ったウェイド王は、ミケラルドを迎賓館に迎えたのだった。

 看護を申し出たナタリーにより、ミケラルドの身体は包帯でぐるぐる巻きにされ、いかにもなミイラ的様相でベッドに横たわっていたのだ。


「外傷なんかないのにねぇ」


 溜め息と共にミケラルドが言うも、リィたんはそれを否定するかのように首を横に振った。


「ミックはそうでも、他の者は元気だと騙されてしまう。そうでもしないと、他者もミックも何をしでかすかわからない。そういう事だろう」

「なるほど、ナタリーなりのポーズって訳か。相変わらず上手いねぇ」

「無論、それだけではないだろうがな」

「へ?」


 ミケラルドが首を傾げるも、リィたんはくすりと笑うばかり。そして、話題を変えるように言ったのだ。


「ミックはしばらくここで安静にしていろ。我々オリハルコンズは、戻り次第……法王国のダンジョンに潜る」

「え、それって……?」

「ランクS、SSダブルのダンジョン攻略だ」

「おー、遂にか」

「いつまでもミックに頼ってばかりではいられないからな」


 笑いながらそう言って、リィたんは部屋を後にしたのだった。誰もいなくなった部屋で、ミケラルドは零す。


「なんのなんの、いつも助けられてばかりですよ」


 そうニコリと笑って、布団を被るのだった。

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