その870 闇の正体2
俺のその言葉の後、エメリーは目を丸くしてこちらを見た。
「え? えっ? え!?」
「え」の回数が増す度に顔を紅潮させたエメリーだったが、世界はそのご尊顔を眺めさせてはくれなかった。
魔王の尖兵が戦線に復帰したからだ。
「まぁ、その続きは後程という事で」
俺がそう言いながら尖兵に向かうと、エメリーは「あの! ちょっと!?」と言いつつも俺の後に続いた。
正直、エメリーは強くこそなったものの、この尖兵にはまだ付いていけないだろう。
しかし、この数日のエメリーの成長が、更なる成長を期待させた。
「左手を任せます」
「えっ!? あ、はい!」
その簡易的な指示で、エメリーは全てを理解した。
尖兵の聴覚は、俺の【超聴覚】に似て多くの情報を読み取っていた。俺とエメリーの攻撃を全て的確に捉える技術。これを受け、エメリーは一つの情報を得た。
「そうです。聴覚よりも触覚のが優秀なんですよ、こいつ」
「はい!」
それは耳で得る情報よりも、肌で得る情報に重きを置いているとも言えた。今の実力であれば、俺もエメリーも音速を超える攻撃が可能だ。だからこそ、攻撃の風切り音を拾うよりも、それによって動く大気から情報を得ているのだ。
さて、視覚という重要器官を絶ってまで生まれたのは何故なのか。闇に生きた故の進化なのか、魔王が意図してそう造ったのか。その理由はわからないが、こと戦闘に関して言えば、確かに上手く機能している。まるで、戦闘にだけ特化しているかのようだ。
「やぁああああ!」
左手を任せていたエメリーだが、徐々に尖兵の速度に合ってきた。
いやはや、【勇者】という特性がこれほど恐ろしいと思った事はない。まさかここまで適応してくるとは。この時、この段階を以て、エメリーの実力はオベイルを超えたと言える。
……こうなってくると、霊龍がエメリーに宿した天恵の底が見たくなってくるというものだ。
「いいですね、それじゃあ左脚もお願いします」
「は、はい! ぁ――」
「わー」
尖兵の左脚を任せた瞬間、エメリーが遠くに飛んでった。打ち上げ花火のように。
飛んで行ったというか、正確には蹴り飛ばされたのだが……まぁ、威力は殺していたのですぐに復帰してくるだろう。
十秒程だろうか、尖兵を押さえていると、鼻先を真っ赤にした涙目のエメリーが戦線に復帰した。
「お帰りなさい」
「いちち……痛いよぉ……」
「じゃあもう一回左手からですね」
「お、お願いします!」
幾度も繰り出される重い攻撃。
エメリーは完成したばかりの
「じゃあ左脚を――」
「――ちょ、ちょっと待ってください!」
「ダメです」
「酷いっ!? ぁ――」
「たーまやー」
芸術的な放物線を描くエメリーだったが、先程よりダメージはないようだ。しっかり着地もしてるし、鼻先も赤くない。
がしかし、ちょっとだけ泣きそうなのは俺のせいかもしれない。
「うぅ……!」
「お帰りなさい」
返事がない。
これはエメリーのささやかなる反抗だろう。
俺はそう思い口を開いた。
「それじゃ
「嘘!?」
ようやく口を開いてくれて俺はとても嬉しい。
尖兵を世に放てば国の一つくらい滅ぼしてきそうだが、ここで戦う機会を得られたのは大きい。
魔界ではこいつが九匹程暴れてるみたいだが……なるほど、優しいじゃないか、観測者気取りの賢者め。
しかし気になる。ヤツはこれまで世界に不干渉だったはず……これは一体?
と、そんな事を考えていると、俺の後ろにリィたんが現れた。
「ミック、代われ」
「ははは、そろそろ痺れを切らすと思ってたよ。でも大丈夫? こっちは――」
そこまで言ったところで、リィたんが俺の口を止めた。
それがリィたんの全てであるかの如く、周囲一帯を魔力で埋め尽くしたのだ。
「……何か言ったか?」
「いえ、何も」
有無を言わせぬリィたんの我儘。
尖兵に利き腕や軸足があるのかはわからないが、右側……特に右脚の力は龍族クラス。それを忠告しようとしたのだが、どうやらリィたんも最初からそれには気付いていたようだった。
一瞬の間を縫うように、俺とリィたんが交代。
魔槍ミリーを手に、リィたんがエメリーの隣に立つ。
その直後――、
「「――ぁ」」
リィたんとエメリーが大きな弧を描いて飛んで行った。
一瞬コメディかと思ったが、弧を描き切る前に二人は宙を蹴った。
「「――ぁぁぁああああっ!!」」
天から降り落ちる流星の如く、二人は魔王の尖兵と再び檄を交わしたのだった。
…………ふむ、何とかカタチにはなったか。
そう思い後方へ下がると、俺はオベイルとイヅナの間を通り、【闇空間】から椅子とテーブルを出した。
「ほっほっほ、達観してるな」
「さっきエメリー泣かしてただろ?」
イヅナとオベイルから苦笑交じりの小言を言われるも、俺はそれに反応する事は出来なかった。
同時に【闇空間】から取り出したメモ帳をに筆を走らせ、尖兵の特徴を書き記す。
興味深々という様子でオベイルがメモを覗き込む。
「……おい爺、見てみろよ」
「ほぉ、正確だな? この短時間でここまで見極めたか」
二人がふんふんとメモを見、各部位の攻撃力と所見に目を走らせる。
「んー、俺だと左手で精いっぱいか?」
「私では左脚までだな」
確かにオベイルにはそこが限界。
イヅナも剣神化をして初めて左脚に追いつけるというところだ。だが、それ以上に奴の相手として成立させるためには――、
「右の攻撃力がエゲつねぇな。そういや、この腹も右脚だったよな」
「受けが成ればやりようはある。だが、絶対的な力が――」
「――そうなんですよ」
イヅナの見解をぶつっと断ち切った俺は、じっと二人を見る。
そんな俺の行動が不可解だったのか、オベイルとイヅナが顔を見合わせた。
「……ちょっと脱いでもらっていいですか?」
国すらも亡ぼす力を有した魔王の尖兵が暴れる深夜、達人と筋肉の間の抜けた声が響く。
「「へ?」」
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