◆その869 闇の正体1

 闇色の体躯を持った謎の脅威。

 幾度も攻撃を受けるミケラルドだが、その表情に余裕の色はなかった。

 放つ攻撃が全て残像を見せる速度。

 何本にも見える手足がリィたん、イヅナ、エメリーの動きを阻んだ。

 脅威は音に反応する。少しでも動けば、それはミケラルドの負担になると、彼らは理解していたのだ。

 ミケラルドもそれを解し、一手受ける事を覚悟してこの場を離れる選択をした。

 脅威の拳がその頬を霞めると同時、ミケラルドは遠方に小さな魔力弾を放った。

 大きな弧を描き、大地に着弾した魔力弾。

 その衝撃音を聞き、脅威はその場を離れ、魔力弾の着弾地点へと消えた。当然、これにはミケラルドも付いて行く。

 このミケラルドの気遣いにいち早く気付いたのがエメリー、、、、だった。

 駆けつけた先はオベイルの下。

 初撃を受け、そのまま気を失ったオベイルは、白目を剥きながら抉られた大地の上に倒れていた。

 エメリーが駆けつけ、回復魔法を施す。

 遅れてオベイルの下に駆けつけたイヅナとリィたんがその様子をうかがう。


「大丈夫です、息はあります」

「ほ……まぁ、鬼っ子は頑丈が取り柄だからな」

「でも……」


 エメリーが目をやったのは、オベイルの腹部だった。

 リィたん、イヅナがその視線に誘導されると、二人は絶句した。

 オベイルの鎧はミケラルドが仕上げたオリハルコン製。しかし、その一番頑強とも言える胴部の中心が粉々に砕けていたのだ。


「……私でもここまで見事に破壊出来るかどうか」


 リィたんの言葉に、イヅナとエメリーは何も言う事が出来なかった。


「龍族を凌ぐ攻撃力、か」


 リィたんは、闇の脅威と善戦を繰り広げるミケラルドを遠目に捉え、歯がゆそうな表情と共に強く拳を握りしめた。

 当然、それはイヅナもエメリーも同じ気持ちだった。


「……アレは、一体何なのでしょうか」


 エメリーが聞く。


「奴の着地点から見るに、魔界からやって来たと見て間違いないだろう」


 イヅナの言葉にリィたんが頷くも、それに続く言葉を有していなかった。だが、そこにリィたん以上の識者が現れた。


「ん? ……木龍クリューか」


 リィたんがエメリーの背後にちらりと目をやると、そこには木龍グランドホルツクリューが立っていた。


「まったく、とんでもないのが現れたものだな」


 木龍クリューの口調は軽いものの、闇の脅威を捉えるその瞳は真に迫っていた。


木龍クリュー、あれは?」

「おそらく、魔界から漏れ出た魔王の瘴気しょうきが具現化した【魔王の尖兵、、、、、】だ」


 それを聞き、三人の顔が強張る。


「尖兵っ? あんなのが何匹もいるというのかっ?」

「静かにしろ。あれには現在視覚こそない……が、その聴力に捉えられれば、我らとて無事には済まん」

「くっ……!」

「魔王は一個にして軍。その威は世界を呑み込む程だ。尖兵の強さは、誕生する魔王の強さに比例する……」


 木龍クリューがそこまで言ったところで、リィたんが目を見開く。言葉を失ったまま魔王の尖兵を震える瞳で見つめる。


(あの実力……おそらく雷龍シュガリオンクラス。エメリーの剣の制作直後のミックの体力消耗を考慮しても……やはり強すぎる!)


 直後、リィたんの目の前を何かが通り過ぎた。

 線にしか見えなかったそれを追うと、そこには額を抑えるミケラルドの姿があった。


「あいちちち……! 何アイツ? 俺の【鉄頭】より硬いんだけど?」


 頭突き勝負で魔王の尖兵に負けたミケラルドが軽やかな口調で言い、戦闘へと戻る。

 深刻という言葉を一蹴するかのような出来事に、キョトンとした木龍クリュー含む四人。


「……ほっ、ボンにはまだ余力があるようだな」

「既に多くの特殊能力や固有能力を使っているようだが、未だ魔族の真骨頂を残しているか」


 イヅナと木龍クリューの見解は正しかった。

 ミケラルドはまだ魔族固有の【覚醒】を発動していなかった。


「そういえばミケラルドさんって、ある程度戦闘をしてから追い詰める事が多いですよね。何故なんでしょうか……?」


 エメリーの言葉に答えたのはこの場にいる五人目の存在だった。


「情報収集に決まってんだろ……!」

「オベイルさん!」


 よろよろ立ち上がる男の名はオベイル。

 魔王の尖兵の初撃に倒れたSSSトリプルの冒険者。

 オベイルは自身の大剣バスタードソードに身を預けつつ、ミケラルドの戦闘を見据える。


「ミックは自分一人で倒せる相手だとしても、その相手に全てを吐き出させる戦闘をしやがる」

「ふむ、確かにそうだな」

「爺でさえ拾わないような情報すらかき集めるつもりだろうよ」

「ほっほっほ、全ては後ろに続く者のため……か」

「チッ、面倒臭ぇヤツだよ、アイツは。その内、ランクSの冒険者だけで奴を倒せるような教本でも作りそうだぜ」

「あり得ない話ではないな」


 オベイルとイヅナの話を聞いたエメリーは、くすりと笑った後、完成したばかりのエメリーの剣を強く握る。


「後ろに続く人のため……」


 そう小さく零した後、エメリーはキュっと口を結ぶ。

 そして、他の四人……いや、ミケラルドさえも驚かせたのだ。

 ミケラルドと尖兵の拳が衝突し、バチンと強烈な音を発した。その音をくぐるように駆けるは、無垢なる勇者。


「はぁっ!」


 下段から振り上げられたエメリーの剣は、呆気なく尖兵に受け止められてしまう。

 しかし――、


「はっ!」


 ミケラルドの次なる拳は、確実に尖兵の頬を捉えたのだった。

 吹き飛ぶ尖兵を追わず、ミケラルドはエメリーに振り返る。


「中々無茶しますね?」


 いつもの調子でミケラルドが言う。


「ミケラルドさんに言われたくないです」


 しかし、珍しくもエメリーはそれに反論したのだ。

 目を丸くしたミケラルドは、ぽかんとしたまま動けなかった。


「全部一人で背負しょい込んじゃダメです。だから、私にもソレ……背負わせてください」


 そう言うと、エメリーは立ち上がる尖兵をキッと見据えた。口を半開きにしてほうけていたミケラルドは、ようやくエメリーの言葉を呑み込んだ。

 そして、ニカリと笑った後、飄々とした様子でエメリーに言ったのだ。


「今のってもしかして、プロポーズですか?」


 斜め上の発言を。

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