◆その868 異変

 魔界に広がる暗雲。

 黒き雨と血のような臭気。

 黒雷が大地を撃ち悲鳴をあげる。


「……間もなくか」


 そう零したのは、暗雲の中心にある魔王城を遠巻きに見る一人の男。かつてこの地でミケラルドと膝を突き合わせた人物――【古の賢者】。

 魔王城の尖塔から噴き出る闇色のスモッグを目に、賢者は警戒を見せる。


「やはり、あの時、、、よりは……というところか。だが、あのお調子者にコレを経験させないのは危ういか」


 言いながら周囲に魔力を展開する賢者。

 すると、眼前にあった闇色のスモッグが徐々に分裂を始めたのだった。

 二つ、四つ、六つ……そして、十の闇に千切れた後、その全てが賢者へと向かった。瞬きすら許さぬ一瞬の動き。しかし、賢者はそれら全てに対応して見せた。


「はぁっ!」


 賢者は、破壊魔はかいまパーシバルが愛用する【アサルトマジック】を用いて、九つに分かれた魔力砲を発射した。

 鈍く、しかし甲高い音を発し、九つの闇が止まる。


「やはり硬いな。流石は尖兵、、といったところか」


 しかし、魔力砲は九つ、闇は十。一つの止まらぬ闇が賢者に突っ込む。


「お前はアッチだ!」


 衝突の瞬間、賢者は闇を魔力を伴った裏拳で弾き、南方へと吹き飛ばした。その威はとどまる事を知らず、魔界とガンドフの間に設けたミナジリの関所を半壊させ、尚も南へと飛んで行ったのだ。


「さぁ……そちらは任せたぞ?」


 横目でそれを見送った後、賢者は残る九つの闇と対峙するのだった。


 ◇◆◇ ◆◇◆


 その異変にいち早く気付いたのは、半壊した関所に常駐していたミケラルドの分裂体だった。

 分裂体は闇の接近に気付くも、対処する事は出来なかった。

 すぐに警戒の鐘を鳴らすと共に、ガンドフで休む本体に警戒を送ったのだった。


 ◇◆◇ ◆◇◆


 ガンドフの宮中晩餐会の後、極度の疲労の限界を迎えていたミケラルドは、ガンドフの冒険者ギルドに宿をとっていた。

 ウェイド王に迎賓館へ招かれていたが、冒険者パーティの一員としてガンドフに来ていたミケラルドがこれを断ったためだ。

 ミケラルドはミナジリ四人のディフォルメアップリケが刺繍された抱き枕を抱え、深い眠りについていた。

 先端にナタリーボンボンが付いたナイトキャップを被り、下卑た笑みを浮かべながら涎を垂らす。なんとも情けない寝相である。


 ――深夜二時。


 分裂体からの緊急連絡によってミケラルドが叩き起こされる。

 目をパチリと開け、何やら不機嫌そうである。


「……いやいやいやいや、早すぎるでしょ」


 ベッドからずり落ちながら床に寝そべり、「う~」と唸り声をあげるミケラルド。

 困惑半分、苛立ち半分。仕方なしという様子で、立ち上がり、北の空を睨む。

 ミケラルドは拳を固め、また開く。


「魔力はともかく、体力だな。七割ってところか」


 ミケラルドは前日にアリス、ガイアスと共に勇者の剣を二本製作している。夜中という事もあり、その疲労は当然のように残っていた。

 着替えをし、コキコキと首を鳴らし、窓から飛び出す。

 異変を感じ取ったのは当然、ミケラルドだけではなかった。

 ギルドの屋根の上に集結したのはミケラルド以外に四人。

 リィたん、イヅナ、オベイル、そしてエメリーである。


「ミック……これは?」


 リィたんの質問に、ミケラルドは魔界を指差して答えた。


「アッチで何かあったみたいだね」


 魔界は先日、魔族四天王が消え去ったばかり。

 しかし、その間に起こったエメリーの成長と勇者の剣の制作。魔王が復活する要素が揃ってしまえば、何が起こってもおかしくはない。

 ミケラルドは魔界を指差すだけでそれを皆に伝えたのだ。


「……嫌な空気だぜ」


 らしくないオベイルの言葉に、エメリーは緊張感漂う雰囲気に息を呑む。


「ボン、どっちにしろここでは被害が大きい。離れた方がいいだろう」

「ですね」


 イヅナの助言と共に、ミケラルド率いる四人はガンドフから更に北上したのだった。

 ガンドフ北部に到着した五人は、迫りくる脅威に顔を凍らせる。


「これは……!」


 エメリーの言葉と共に、その視線はミケラルドへと動く。

 リィたんすらも緊張を隠せずにいるその状況下、正面の大地には闇色の光が突き刺さる。

 衝撃以上の戦慄。

 誰もがその姿と魔力に意識を奪われた。


「おいおい……こりゃ――」


 そうオベイルが言いかけた時だった。

 一瞬にしてオベイルは吹き飛ばされ、大地を抉り、転がったのだ。


「「っ!?」」


 いつの間にか、闇色の光は二メートル程の人型へと変貌を遂げていた。


(見えなかった……!)


 剣神イヅナはその速度に圧倒され、リィたんもまた警戒し腰を落とした。

【超聴覚】を発動し、オベイルの心音を聞いていたミケラルドは、無言のまま一歩、また一歩と敵に近付く。

 そして――、


「わっ!」


 驚かせるようなミケラルドの発声に反応し、闇が攻撃してきたのだ。


「くっ!」


 ミケラルドは顔を引き攣らせつつもこれを受ける。


「やっぱり、視覚じゃなく音で反応してますね」


 皆はオベイルの発言と、その直後に攻撃した闇の動きを思い出す。

 ミケラルドの助言と共に、三人は頷き合う。

 しかし、リィたんも、イヅナも、エメリーも動けずにいた。

 ミケラルドが攻撃を受けているのが精いっぱい。それ以上の行動は、自身の寿命を縮めると身体が理解してしまったのだ。

 震える手で攻撃を制しつつ、ミケラルドが言い放つ。


「……ちょっとお前、強すぎない?」

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