その863 勇者の剣3

 勇者エメリーの微覚醒の後、俺たちは【ガイアス武具店】へと戻って来た。エメリーの軽い身体測定の後、作業現場に残ったのは製作者の三名、俺、ガイアス、そして聖女アリスである。


「【勇者の剣】は刃渡り七十センチメートル。型はバゼラード。これを二本。柄の装飾は後からでも出来るとして、重要なのは刀身の部分です。製作過程に聖女の【聖加護】を施しますが、これが中々に重労働って話です。アリスさん、覚悟はよろしいですか?」

「ちょっと業務的過ぎませんかね?」

「情緒ある打ち合わせかと」

「まったく……覚悟も何も、覚悟がなければここまで来ていません」


 アリスが決意を秘めた目を見せた後、ガイアスがケタケタと笑う。


「はははは! ゲバンの野郎を庇った時から思ってたが、聖女アリスってのがここまで頑固だとはな!」

「わ、私が……が、頑固……?」


 言いながら頭を抱えるアリス。

 相手が相手なだけに強く言えないようだ。


「私とガイアスさんの扱いが違うと思うんですけど、気のせいですかね?」

「だって、ミケラルドさんはミケラルドさんでしょう?」


 そんなキョトン顔を見せられてもこちらが困るのだが?


「まぁ、頑固かはわかりませんが頭は固いですよね、アリスさんって」

「はぅ!?」


 銀の弾丸で胸を撃ち抜かれたのか、アリスは苦悶の表情を浮かべていた。


「それじゃあ早速始めましょうか」


 俺はそう言って、腕の肉を千切ってポイと投げた。

 うにょうにょと動く肉片と、ギョッとするアリス。

 ガイアスは興味津々といった様子でそれを見ている。

 やがて立ち上がる裸体の分裂体おれ


「ちょっとミケラルドさん! 服! 服っ!」

「局部にはモザイク処理が施されてるので、大丈夫ですよ」

「何ら大丈夫じゃありません! というかモザイクって何ですかっ!?」


 太陽のような爽やかスマイルを見せていた分裂体おれがしゅんとしてしまったので、ラティーファ邸を潰しに行った時の作業着を【闇空間】から出して着させる。

 アリスは真っ赤な顔を手で扇ぎながら、俺を睨む。


「ほぉ、面白いな。スライムの【分裂】か」

「えぇ、作業はこの子にやってもらいます」

「あぁ? 何で本体がやらねぇんだ?」

「私がやると、魔力コントロールが難しいんですよ。最悪、この仕事場を吹き飛ばしてしまいますし……でも分裂体ならば、最初から最大魔力を決めて割り振っている分、コントロールが容易なんです。心配しなくても大丈夫、技術は私と遜色そんしょくありません」

「そうか、そういう事なら仕方ねぇな……それじゃあ」


 ガイアスは作業机にゴンとオリハルコンの塊を置き言った。


「ちゃっちゃとやっちまおうか」


 ◇◆◇ ◆◇◆


 二本の【勇者の剣】を造ると言っても、特殊能力、固有能力満載のこの世界であれば一日と待たず出来るものだ。

 俺が【サイコキネシス】でオリハルコンを浮かべ、分裂体が熱処理して溶かし、その中にガイアスがハンマーを打ち込む。


「こ、これで本当にいいんですかっ!?」


 アリスは灼熱色に染まる中、何度も折り返されるオリハルコンに【聖加護】を施す。


「いいですよ~、そのままそのまま~」

「なんだか、そこのポジション、一番楽そうに見えるんですけどっ!?」

「はっはっはっはっは! それだけ軽口叩けるならまだ大丈夫だな!」


 開始間もなく、俺とアリスのやりとりに、ガイアスが突っ込むような流れが形成するも、すぐにアリスの意気が消沈し始める。

 滲み、溢れる汗と激しい動悸。


「はぁ……はぁ……はぁっ!」


 トンテンカンと叩きながらガイアスがアリスを見る。

 既に俺もアリスに声を掛けられない状態だ。

【聖加護】の源が魔力だとしても、極度の疲労の中、放出を維持し続けるのは十五歳の少女には厳しいものがある。

 そう考えると、これより大変な環境で勇者の剣(仮)を完成させたアイビスは、もっと辛かったのかもしれない。完成した時は気丈に振舞っていたのだろう。


「嬢ちゃん、休むか?」

「いえ、大丈夫です……!」


 魔力はともかく、集中力は【魔力タンクちゃん】じゃどうにもならないからな。

 ガイアスが俺をちらりと見る。

 どうやら何か訴えかけてきているようだ。


『何か?』

『お? こりゃ【テレパシー】か? エルフのダチを思い出すぜ……って、そうじゃねぇ。若造、嬢ちゃんに声を掛けてやらんのか?』

『火と油みたいな関係なもので、適当な言葉が見つからないんですよねぇ……』

『とりあえず何か言え。このままじゃ、嬢ちゃんがぶっ倒れちまうぞ?』

『……わかりました、やってみましょう』


 そんなやり取りをガイアスとした後、俺は意を決しアリスに声を掛けた。


「アリ――」

「――ちょっとミケラルドさん!」

「はい……?」

「集中力切れてるんじゃないですかっ!? 私を気にしてる暇があったら目の前の事に集中してください!」


 アリスの訴えに、俺はガイアスと共に見合い、目を丸くさせた。


『ね、火と油でしょう?』


 俺がそううと、


うおと水の間違いじゃねぇのか?』


 ガイアスは正反対のような指摘をしてきたのだった。

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