◆その850 布告

 古の賢者から得られた情報。

 魔王の復活が近いという事から、ミナジリ共和国の動きは早かった。

 ガンドフ、法王国と連携し、すぐさま世界に布告したのだ。

 法王国のホーリーキャッスルの正面にある大広場では、中央に巨大な看板が置かれた。

 群がる民衆、その中心には勇者エメリーと聖女アリスの姿があった。


「いよいよ……だね」


 険しい表情のまま、エメリーが零すように言った。

 アリスもまたぐっと口を結び、頷くばかり。

 ミナジリ共和国が動き、ガンドフに【鍛冶師ガイアス】のスケジュール調整を依頼。法王国には【勇者エメリー】と【聖女アリス】への護送依頼。街道は聖騎士団により堅く守られ、護衛任務に付く冒険者は著名人ばかり。その中には当然、【オリハルコンズ】の名も挙げられていた。

 協賛金として、諸経費の一部をリーガル国とシェルフが出す他、冒険者ギルドや商人ギルドも大々的に協力している旨が書かれ、その世界的取り組みにポカンを口を開けるキッカとハン。


「うーわ」

「うーわ」

「ナニコレ」

「ナンダコレ」

「もっと穏便に済ますのかと思ったら、こんなに祭りみたいにやっちゃうの?」


 キッカの言葉に、隣で看板を見ていたラッツが反応する。


「移動だけならばミケラルド商店の転移魔法を使えばいいが、国をあげて、世界をあげてやる事に意味があるという事か」

「そ、それってどういう意味だよ?」


 ハンの疑問に、国の動きに明るいゲラルドが答えた。


「打倒魔王という統一感を演出しているのだろう。協賛金の欄にリーガル国とシェルフの名前がなければ、後世の無知な民衆に非難されるからな」

「無知っておい……ん? でも、リプトゥア国の名前はないぜ?」

「下部の注釈にリーガル国と合算していると明記してある。未だ国王不在のリーガルの属国だからな。全権代理人の名が個人名で載っている事から、大きな配慮が見えるな」

「く、国ってめんどくせぇ……」

「それだけデリケートな問題だという事だ。しかし、過去これ程入念かつ迅速な布告もなかっただろう……凄いな」

「は~、ゲラルドにそんな事を言わせるなんてやっぱ、ウチの大将は凄いんだな」

「非公式ながらも龍族全員と友好的な関係を築き、大暴走スタンピードから法王国を守り、魔族四天王の大半を滅し、【魔導艇】なる強大な兵器を持つ国家元首が凄くなければ、この世はおかしいと言わざるを得ないな」

「へいへい、嬉しい皮肉をありがとよ」


 ハンの言葉の後、ゲラルドは更に続けた。


「だからこそ恐ろしい」

「あん?」

「ミナジリ共和国が敵になった時の事を考えるとな」

「っ……ぉ、おいおい……そりゃいくらなんでも話が飛躍し過ぎだろ?」

「現にミナジリ共和国軍は法王国軍と対峙した」

「ありゃゲバンの奴が――」

「――経緯はどうあれ、だ」

「……まぁ、ゲラルドの言いたい事はわかるけどよ、ミケラルドの大将に限って、そんな事はないと思うけどな?」

「ミケラルド殿がどのような経緯を辿るのか、それは誰にもわからない事だ」

「……お前、友達少ないだろ」


 先程の皮肉のお返しか、ハンが横目に言うと、ゲラルドは遂に口籠った。目を瞑って困り顔を浮かべてしまったのだ。

 すると、ラッツがハンを肘で小突いた。

 その目にはハンへの注意があった。

 自分の過失に気付いたハンは「わりぃ」と謝罪を述べ、再び看板を見上げたのだった。


「確かに、何が引き金になるかわからねぇな……」


 そんな中、キッカはエメリーとアリスの間の割って入っていた。


「これだけの国家規模の動静だと、いつ頃になるのかしらね?」


 すると、エメリーが答えた。


「多分近日中には迎えが来ると思います。準備はホーリーキャッスルでほとんどしてくれるんじゃないかと」


 アリスが続ける。


「ガンドフのウェイド王は聡明な方ですから、ゲバン様の一件が終わるのを待っていたと思います。おそらく、ガイアスさんの調整も終わっているのでしょう。それより――」


 アリスの言葉を遮り、キッカはうんうんと頷いて言う。


「――なるほどね~。世界が待っていたって感じだもんね。王様連中も急ぎたいって事か。オリハルコンズの名声も高めたいってのがわかるよね。もしかしたら近い内にランクSダンジョンに入らなくちゃいけないかもね」


 そう、オリハルコンズの名はリィたんやレミリアの加入により更に知名度が上がった。しかし、パーティとしての実績は少ないと言わざるを得ない。SSダブルのダンジョンはおろか、ランクSのダンジョンすら攻略していないのだ。

 オリハルコンズにとって、早急な実力向上が必要となるも、やはりそれには時間が必要。

 顔には出さないものの、エメリーの心は焦燥を隠せなかった。アリスもキッカもそれは同じだったのだ。

 そんな中、オリハルコンズのメンバーに声が掛けられた。


「ちといいかな?」


 振り向くとそこには、ライゼン学校長がいた。


「「ライゼン先生!」」

「読み終えた頃合いだと思ってな。早速で悪いが、ホーリーキャッスルまで来てもらえないか」


 それを聞き、皆の顔に緊張が走る。


「今日の今日って……嘘でしょ?」

「布告はポーズみたいなものだからの。レミリアも冒険者として既にホーリーキャッスルに着いている。急ぎなさい」

「「は、はい!」」


 オリハルコンズのメンバーが慌ただしくホーリーキャッスルに向かう中、アリスは最後に一度、また看板を見た。

 末尾にある文章を見つめ、睨み、訝し気な表情を浮かべる。

 そこにはこう書かれていた。


 ――スペシャルアドバイザー:デューク・スイカ・ウォーカー。

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