その847 再会、そして対話1

 元首執務室に、どさりと置かれる報告書。

 その分厚さは目を覆いたくなる程だ。

 目線の高さまであるその上には、素敵なバストと、さげすむ瞳。


「……で、これは……?」


 俺はうかがうように聞くと、秘書のシギュンは【報告時に眼鏡をクイっと上げるとインセンティブ発生】を忠実に行使しながら言った。


「【スナックしぎゅん】の改築依頼書と、従業員の待遇改善申請書。後はこの一ヶ月の客層と、気になった所をまとめておきました」

「何で敬語なんですかね?」

「距離を置かれた方がお好みかと思いまして」


 微笑むシギュン。

 既に、俺が嫌がる事を完璧にマスターしていると言える。


「それが好みじゃないってのは誰に聞いたんです?」

「軍のトップの御方です」


 おのれナタリーめ!

 いや、流石ナタリーと言えるだろう。

 全て計算の上でシギュンに俺の弱点を伝え、シギュンはそれに乗っかった。

 何だこの包囲網は……!?


「えーと、改築依頼というのは……?」

「偉大なる燕尾服仮面様が誰彼構わず会員カードを発行するため、店舗のキャパシティを大きく凌駕しています。このままでは隣国の国王や、隣国の族長を外に放置する結果となりかねないかと」

「へ、へぇ……燕尾服仮面が……」

「こと『どうしようもない』という分類に置いては、偉大を通り越していらっしゃるかと。正体もバレバレのようですし」

「え、嘘っ!? 一体どこでバレたんだろうっ!?」

「存在かと」


 嫌味ここに極まれりって感じがするわ。


「うーん、店はあれ以上大きくすると目立つし……地下にスペースを確保しますか。それで、従業員の待遇改善ってのは?」

「手伝いに来てくださっている方が龍族の魔力に耐え切れないようです。魔力耐性の高い方を用意頂くか、耐性自体を底上げするようなアーティファクトなどあれば助かります」

「あー……そっか。リィたんや雷龍シュリだけならともかく、五人集まると大変ですよね。完全に盲点でした、そこは早急に修正します……最後に気になった所ですか」


 言いながら俺は報告書に目を通す。


「……大暴走スタンピード後のジュラ大森林の様子がおかしい?」

「木龍グランドホルツがそのような事を零していました」

「モンスターの大半は大暴走スタンピードが原因で死んだと思ったけど、影響を受けなかったモンスターでもいたのかな?」

「生き残ったモンスターが南下を始めたとか」

「未開地への侵攻……? いや、違うな」

「退避行動ともとれますね」


 そう言いながら、シギュンはもう一枚の紙を渡してきた。


サマリア公爵ランドルフ殿の発言か」

「サマリア港での漁獲ぎょかく量が低下しているそうです。しかし、一部では漁獲量が増えたとの報告も上がっているようですね」

「一部?」

「サマリア港西部海域では例年より多くの魚が獲れているとか」


 ジュラ大森林から南下し、サマリア近海の魚が西部で獲れる。つまりこれは――、


「…………魔界?」

「……確かに魔界の西にサマリア、南にジュラ大森林がある事から魔界から遠ざかっているともとれますね」


 これはちょっと怖いな。

 俺はすぐに立ち上がりシギュンに言った。


「この事をロレッソとナタリーに報告、ジェイルさんには竜騎士に対し魔族講習をするように伝えてください」

「かしこまりました……貴方は?」

「リィたん、雷龍シュリと共に魔界に行ってきます」

「……フットワークが軽い元首もいたものね」

「ははは、宜しくお願いします」


 そう言って、俺はリィたんと雷龍シュリに招集をかけた。二人はテレポートポイントをいくつか経由し、魔界にあるミックバスへと到着。


「ミック、待たせたな」

「いや、俺も今来たところだよ」


【デートの待ち合わせ場所で言いたい台詞ランキング】第一位(俺的データ)を言ったところで、リィたんは真顔で俺に報告した。


「ダメだな、【ジュリサス】という男、この私にすら姿を掴ませないようだ」


 そう、俺はリィたんにゲバンの一件で暗躍した奴隷商の男の捜索を頼んでいたのだ。


「【エルダーレイス】が相手にいるんだとしたら、移動範囲は広大だろうしね。無理に見つけてもらおうって訳じゃなかったんだけど、やっぱり気になったから」

雷龍シュリにもリプトゥア、ガンドフへ足を運んでもらったがダメだったようだ」


 リィたんの言葉を受け、雷龍シュリに視線を向ける。


「ゲバンへの追及前に動いていたようだな。かなり動きが早い。木龍クリューにも聞いたがやはり手がかりなしだ」

「聞いたよ、【しぎゅん】に集まったって?」

「あの女も中々面白い」

「へぇ、雷龍シュリが興味を持つなんて珍しいね」

「高いポテンシャルを秘めていればおのずと目がいくものだ」


 やっぱり、龍族から見てもシギュンって強いんだなぁ。

 ま、あの若さでイヅナに迫る実力者だし、イヅナ並みに年老いたとしたら……いや、ちょっと考えつかないな。

 ん? ……おやおやおや? この魔力はもしや?


「それで、我らをここへ呼んだ理由は?」


 その疑問を受け、俺は先の報告書の話を二人にした。

 すると、雷龍シュリの表情が徐々に変わっていったのだ。


「なるほど、そういう事だったか」


 リィたんの後ろで、雷龍シュリの顔が険しくなる。

 その変貌に気付き、リィたんが首を傾げたのだ。


「どうした、雷龍シュリ?」


 流石は五色の龍の中で最強なだけはある。

 ヤツの接近に気付いたのか。

 ミックバスの扉から飛び出た雷龍シュリが宙を舞う一つの黒点を睨んだ。

 リィたんも雷龍シュリに続き、その接近に気付いたようで、顔に脂汗を滲ませながら外に飛び出た。

 最後にミックバスから出た俺は、ゆるやかに降りて来る黒点を見据え、これからヤツの掌の上で、どんなダンスをするのかを考えていた。


「ミック」


 リィたんが震える声で俺に聞く。


「……あれが【古の賢者、、、、】か」


 リィたんが震え、雷龍シュリは既に戦闘態勢が整っていらっしゃる。

 ところで、こんな時はどうでもいい事を考えてしまうもので、俺はふと思ってしまったんだ。

 こういうタイミングで打ち切りエンドとかされたら、人はどんな葛藤に悩まされるのだろうか?

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