◆その846 スナックしぎゅん5

「うわぁ……」


 シギュンの話を聞き終えたナタリーは、かなり引き気味だった。


「やはり、ミケラルドさんにはそういった考えがあったんですね」


 クロードは真剣な表情でペンを走らせている。


「お父さん、どうな風に書くつもり?」

「ふむ、各国の要人と書くと対外的に問題があるよね」

「あ、だったらミックの名前を全体的に押し出しちゃうとか?」

「少しぼかしてみよう。ミナジリ共和国の上層部が会員制の店を開き、交流の場として利用している……と。そこまでは踏み込めないけど、この店だけがメインで載る訳じゃないから大丈夫だと……思う」

「いつになく不安そうだね、お父さん」

「リィたん殿と雷龍シュリ殿以外は、クロード新聞でも扱いが難しいからね」


 ふぅと溜め息を吐いたクロードを、シギュンが珍しくも憐れみを宿した視線を向ける。


「あなたも大変なのね」


 そんな同情するような言葉に、ナタリーが目を丸くする。

 その反応気付いたのか、シギュンは再び慌ただしくグラスを磨き始めたのだった。


「他にはどのようなお客様が?」


 エメラはシギュンの背に聞く。


「ドマーク商会のドマーク、バルト商会のバルト、サマリア公爵、ギュスターブ辺境伯、フードで顔を隠してたけど、リーガル国王も来てたわね。シェンドのギルドマスターゲミッド、ロレッソも様子を見に来たわね……それにやっぱりあのクマみたいなのが来たわ。リーガル国王の隣に座って世間話みたいに話してたんだけど、あの二人って仲良いの?」

「いや、クマさんは絶対に気付いてないと思う」


 ナタリーの指摘に、シギュンが呆れる。


「今年の査定は大変かもね」

「あ、そういえば、法王国の関係者の方は来たの? 冒険者以外で」

「私がいるのにそう簡単に招ける訳ないでしょう」

「んー、まぁ確かにそうだよね」

「と、言いたいところだったけど、昨日三人来たわ」

「え、誰々っ?」


 好奇心を見せるナタリーと、


「え、どなたですかっ?」


 好奇心を見せるエメラ。


「ライゼン、クリス、オルグ」

「そ、それは大変……」


 シギュンを含めた四人の繋がりは聖騎士団。

 修羅場を予想したナタリーの表情は、何とも言い難いものだった。


「オリヴィエのミナジリ入りに付いて来たんでしょうね。帰り際に寄ったってとこかしら。まぁ、その時はお膳立てされたみたいに三人しかいなかったわ」

「ミックの仕業、だよね。それで、三人とはどんな話を?」

「別に、最初は驚いてたけど、クロード新聞を事前に読んでたのか、それ程干渉してこなかったわ。小言をいくつか言われたのと、ミナジリ共和国の法を犯さないように忠告されただけ。彼としては、私の現状を法王国に知らせるのが狙いなんでしょうけど、法王に知られれば自分の首を絞める事にもなるって考えてないのかしら」


 シギュンの言葉は、全てではなかった。

 しかし、ナタリーはそれを理解していた。


「……エメリーちゃんとアリスちゃんの事?」

「法王に知られれば皇后にも届く。皇后に届けば勇者や聖女にも届く。さぞ胸中は複雑でしょうね」


 勇者エメリー、聖女アリスとミケラルドの関係にひびが入ると考えたシギュンだったが、ナタリーはそれを真っ向から否定してみせた。


「大丈夫だよ」


 シギュンが目を丸く刺せる。

 真っ直ぐなナタリーの目を見て、シギュンはまた目を逸らす。


「ど、どういう意味よ?」

「あの二人はシギュンが思ってる以上に、ミックの事わかってるよ」

「そんな根拠はどこにもないんだけど?」

「それはそうだね。でも、大丈夫だと思う」


 説得力はなくとも芯はある。そんな不確実が混在し合う言葉にシギュンは呆れて溜め息を吐く。


「やっぱりアナタ、聖女に似てるわね」

「アリスちゃんに?」

「あの子もたまに確証がないのに決めつけて言うところがあるの。まぁ、アナタたちの場合、似てるのはそれだけじゃないけど」

「ん~? そうかなぁ?」


 ナタリーはそれを聞き、父と母を見る。


「私はお二人とはあまり接点がありませんが……」


 クロードがシギュンにそう言ってエメラを見る。


「確かにミケラルドさんも似たような事を言ってた気がします」

「何でそこにミックが出て来るの?」


 エメラの思いもよらぬ発言に、ナタリーとシギュンは小首を傾げる。


「『私の【チェンジ】を見分けられるのはナタリーとアリスさんだけ』って前に言ってましたね」


 エメラが思い出すようにそう言うと、合点がいった様子のナタリーがポンと手を打つ。


「あー、確かに言ってたかも」


 そんなナタリーの言葉にシギュンが疑問を持つ。


「ルークもデュークも私には見分けられなかったわ。何かコツでもあるのかしら?」


 シギュンのその問いに、ナタリーは腕を組みながら頭をひねる。


「う~ん……な、何となく?」


 要領を得ないナタリーの言葉に、シギュンは額を抱える。


「……はぁ、単に勘が鋭いってだけじゃ説明はつかないのだけれど? 彼独特の癖があるとか、空気感があるのかしら」

「ミックにも聞かれた事あるけど、やっぱり答えられなかったな~」

「聖女も同じような事言いそうね」

「あ、でも、アリスちゃんならもう少し上手く教えてくれそう」


 そう言ってニカリと笑うナタリーに、シギュンは続ける。


「今度会ったら聞いておいて。もう彼に騙されるのは嫌だから」


 そんなシギュンの注文のようなお願いを受け、ナタリーは苦笑しつつも、了承するのだった。

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