◆その845 スナックしぎゅん4
五色の龍の揃い踏み。
これを目の当たりにし、シギュンはカウンターの隅にまで追いやられていた。
当然、ネムとニコルも身体を硬直させてしまっている。
「ちょ、ちょっと何しに来たのよ」
「美味い酒が呑める、以外に理由があるか?」
リィたんの言葉に頭を抱えるシギュン。
「
嘆きともとれるシギュンの言葉を拾ったのか、そうでないのかニコルがハッした様子で見渡した。
お洒落な内装と、ところどころに見られる控えめながらも拘りの見える調度品。そしてシギュンを見て――、
「な、何よ?」
「……そういう事でしたか」
「だから何よ」
「この店はミケラルドさんの配慮によって造られているという事です」
訝し気な表情をするシギュンだったが、次のニコルの言葉を聞き、その顔は一変する。
「龍族の方々が気軽に集まれる場所……と、言えばわかりやすいでしょうか」
「っ! そういう事……」
言いながらシギュンはすっとリィたんに視線を移す。
シギュンの瞳に映るリィたんは、ニカリと笑い、
二人のやり取りがイマイチ理解出来なかったのか、ネムが困惑していた。
「冒険者ギルドじゃダメって事ですか?」
そんなネムの疑問にニコルが答える。
「冒険者ギルドの飲食スペースは、基本的に冒険者たちに開放されている場所です。冒険者であり、人間世界に馴染んでいらっしゃるリィたんさんですら、龍族の方には相応しいと言えない場所であるとも言えます。しかしここならば……」
ニコルが言うと、ネムはそれに続くように店内を見渡した。
「た、確かに、このお店って外装はふざけてますけど、内装は貴族の方々にすら買えないような高級なもので溢れているような……」
「各国の要人を迎え入れるのならば、迎賓館があれば事足ります。しかし、そこへ龍族の方々が入るのは第三者国から見れば非常にデリケートな問題になりかねない……」
ニコルはシギュンに視線を戻す。
「龍族を前にしても怯む事のない胆力を持った店主。法王陛下を招いたとしても恥ずかしくない内装。出入口の入念なセキュリティ。しかしながら、気を許せるような空間……ここは、要人の方々が肩を寄せ合い話し合える場……そういう事なのではないでしょうか」
そんなニコルの問いかけに、シギュンは答える事が出来なかった。ネムがゴクリと喉を鳴らすと、次に届いたのは
「お前たちもそこに顔を連ねるようになったという事だが、それについてはどう思う?」
「ふぇっ!?」
ネムが慌てて隣に座った
「そ、そんなのミケラルドさんのいつものおふざけというか気まぐれというか……!」
「そうは思わない方がいい。ここで我々は武力を用いる事を許されてはいない。この場で必要なのは言葉のみ……つまり、ことこの場において我々は平等であり、公平であるという事だ。罪人の意見、冒険者ギルドの見解、龍族の言葉……この先、ここへは様々な職、様々な種族がやって来る事だろう。多角的な視点を養い、未来を願う。なるほど、ミックらしい考え方だ」
「なんだか年甲斐なくワクワクするわね」
「そ、それって今後お忍びで色んな方がここに来るって事ですかっ!?」
ネムのその問いに、
「忍ばずに来るやつもいるようだぞ」
バカンと開けられた扉。
響き渡る焦った声。
「
入店した大男。
ネムとニコルはその顔に見覚えがあった。
「け――」
「――剣鬼っ!?」
思わず立ち上がる二人。
オベイルは店に入るなり、その異様な空間に驚く。
「な、何だこりゃっ……?」
左を向けば大罪人、中央にはギルド員、右を向けば豪快にワインをあけるリィたん。
「酒臭いのだ!」
しかし、オベイルはすぐにそんな考えなど頭から追い出してしまったのだ。
「強ぇヤツと戦い放題じゃねぇかっ!」
そう言って、少年のように目を輝かせたのだ。
「武力は禁止だぞ」
リィたんがオベイルを指差し、忠告するように言う。
「そんなの交渉次第だろうが」
拳を突きだしてオベイルが反論すると、リィたんはワインボトルを投げつけたのだ。
オベイルがそれを受け取り、リィたんを見る。
「飲み比べで勝てば交渉のテーブルにつかせてやる」
「上等だっ」
そんな二人の後ろでは、イヅナが顎を揉みながら店内を見渡していた。
「なるほど、ボンも面白い場所を作ったな」
その後ろから入って来るドゥムガ。
「そんなところでボーっと突っ立ってんじゃねぇよジジ――げっ!? イヅナじゃねぇか!?」
続々と店に入って来るミケラルドの知人、友人。
竜騎士団所属の剣聖レミリア、リーガル国とミナジリ共和国のギルドマスターディック、リーガル大使のアンドリュー、二日目のクマなどなど。来る人来る人がその異様な空間に驚き、理解する。
――ミナジリ共和国の元首がまた変な空間を作った、と。
【スナックしぎゅん】の店主は、アホ毛をかき上げながら小さく呟く。
「こんなの……聞いてなわよ……」
その日、【スナックしぎゅん】では夜遅くまで多くの者が交流を持ち、交友を深めたのだった。
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