◆その844 スナックしぎゅん3

「あら、新顔ね?」


 会員カードのイラストのように赤いドレスを着、ネムとニコルを迎え入れるシギュン。

 二人はシギュンの顔こそ知らなかったものの、その身に帯びる魔力が只者ではないと認識した。


「【スナックしぎゅん、、、、】にようこそ」


 シギュンはぶっきらぼうに定型のような文言を述べる。

 表情から、その言葉は業務規則にあるようだ。

 しかし、ネムとニコルはその言葉を聞いて目を見合わせた。


「スナック――」

「――シギュン……」

「「っ!!」」


 二人はその名を聞き、驚愕する。

 そう、この【スナックしぎゅん】は店名こそ表に出しているものの、シギュンの部分はミケラルドの祖国にある平仮名ひらがなを採用したもの。ミケラルドの転生先の世界では認知されていないものである。

 だからこそ、二人は店の名前を知って驚愕したのだ。


「ももももももしかしてあのシギュンですかっ!?」


 ネムがシギュンを指差し慌てる。

 ニコルもまた出口の確認をしている。


「アナタが言ってるシギュンがどのシギュンなのかわからないけれど、昨日のクロード新聞に載ったシギュンだって事は言えるわね」


 それを聞き、ネムとニコルはピタリと止まる。

 そして、バッと後ろを向き、二人して密談を始めたのだ。


「き、昨日のクロード新聞って……」

「確か、ミナジリ共和国でシギュンを捕えたという報と、その更生プログラムについて書いてありましたね」

「昨日の今日ですよっ?」

「えぇ、だからこそミケラルドさんは……――」

「――ミケラルドさんは?」

「こんな入念な準備、一日で出来るはずはありません。おそらくシギュンはもっと前に捕らえられていた。おそらく、法王国の一件の後、すぐに」

「うわぁ……」


 ネムがミケラルドの性格の悪さを再認識したところで、背後から声がかかる。


「作戦会議は終わった? 帰るなり帰るなりして欲しいんだけど?」


 ビクリと反応したネムが再度作戦会議に戻る。


「な、何か凄く帰って欲しそうなんですけど……?」

「まがりなりにも、【更生プログラム】ですからね。シギュンにもミケラルドさんに従う理由があるといったところでしょうか」

「どうします?」

「我々の仕事は?」

「冒険者ギルドの受付員ですっ」

「……なら、ここでシギュンの話を聞くのも必要だという事でしょう。おそらく、ミケラルドさんにもその意図があって……」

「へ?」


 ネムが小首を傾げるも、ニコルはすっと振り返ってカウンターの席に向かった。


「あら、呑んでくの? 随分ときもわったお嬢さんね」


 その言葉を挑発と受け取ったのか、ネムは頬をぷくりとさせてニコルに続いた。


「こちらは負けず嫌いみたいね」

「ミルクくださいっ」


 タンとカウンターを叩きながら注文するネム。

 それを聞き、目を丸くした後くすくすと笑うシギュン。


「そちらは?」

「お水で結構です」

「敵意剥き出しね」


 言いながらシギュンは肩をすくめ、二人に飲み物を提供した。

 出されたのは真っ赤なミルクと、真っ赤な水。


「あ、あのこれ……」

「ミルクよ」

「ど、どう見てもワインなんですけど……?」

「ウチではそれがミルクなの」


 ネムはそれを聞き、途端に涙目になりながらニコルを見た。


「け、煙たがられてますぅ~……!」


 そんなネムの救援要請に、ニコルは冷静にワインを少しずらして言った。


「我々がここにいる事、それがどういう意味なのか少し考えてみてください」

「そう言われても、私アナタたちの事知らないし」

「これは失礼を、ニコルと申します」

「あ、ネムです!」


 二人の名前を聞き、目をピクリとさせるシギュン。


「……ミナジリ冒険者ギルドの受付員二人……ね。アナタが彼の専属なのね」


 ちらりとネムを見るシギュン。

 ビクリとするネムが、何を思ったのかバッグの中から水筒を取り出した。シギュンの出したワインに対抗しているかのようである。


「その情報は闇ギルドで得たものでしょうか」

「彼の立ち振る舞いを考えれば、あそこを使わなくても集まって来る情報よ」

「確かにそうですね」

「でも驚いたわ、まさか受付員と私を引き合わすとはね。ここの会員カードは彼しか持ってないのよ。選別して入店する人間を絞ってるみたいね」

「それは気付きました。ですが、『選別』という言葉には些か違和感を覚えます」


 ニコルの言葉に疑問を持ったネムが聞く。


「それってどういう事ですか?」


 コトリと小首を傾げるネム。シギュンもカウンター内の椅子に腰掛けながら耳を傾けている様子である。


シギュンあなたに我々を紹介しているのかと」


 ニコルの確信めいた発言に、ネムもシギュンも目を丸くする。その後、くすりと笑うシギュン。


「ふふふ……あの男、一体何を考えているのかしらね」

「それは私にはわかりません。しかし、ミケラルドさんはこうも考えているはずです。『あなたの居所を冒険者ギルドに知られても構わない』と」

「それはそうね、ギルド受付員に合わせるくらいだもの。っ!」


 シギュンが扉に意識を向けた直後、店の扉が豪快に開いた。

 入って来たのは――、


「む? ネムとニコルじゃないか」


 シギュンが顔を引きらせ、ネムとニコルが呆気にとられる相手。


「なるほど、面白い組み合わせだな」


 そう言ってニヤリと笑う相手とは、


「……何しに来たのよ、水龍、、

「顔見せさせるべきだと思ってな、全員集めるのに苦労したぞ」


 その後ぞろぞろと入って来る四人、、の足音。


「あら、おしゃれな雰囲気ね」


 店の内装を見渡しながら入る地龍テルース


「なるほど、お前がシギュンか」


 店に入るなりシギュンを睨みつける雷龍シュリ


「以前、法王国で会ったな」


 言いながらカウンターに座る木龍クリュー


「うぅ~、酒の臭いはあまり好きじゃないのだ!」


 鼻をつまんで店に入ってくる炎龍ロイス

【スナックしぎゅん】に五色の龍が集った瞬間だった。

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