◆その842 スナックしぎゅん1

 冒険者ギルド総括ギルドマスターのアーダインと、商人ギルド総括ギルドマスターのリルハがミナジリ共和国を去ってから一週間の時が流れた。

 ミナジリ共和国には、これまでと違い、久しくなかった平穏の日々が流れていた。

 北北東にオードの町、南東にフリータウンを見据え、ミナジリ共和国は建国のその日より大きく成長した。

 ゲバンの一件が片付き、【魔導艇】という世界的な宣伝を行った事で、各国から以前にも増して人が集まり出した。これにより、首脳陣は大きな決断をしたのだ。長らくミナジリ村として存在してきた地は、クロード新聞によって【首都ミナジリ】として大々的に告知されたのだ。


「こんなくだらない記事を載せるより、もっと他にあったでしょう」


 クロード新聞の太文字を一瞥いちべつした後、カウンターに向かって放り投げるシギュン。

 ――ここは【スナックしぎゅん】。

 大人から子供まで、美人兼大罪人のママが作るドリンクが評判の……【会員制】スナックである。


「だからこうして取材に来てるんじゃない」


 アルコール抜き蜂蜜酒ミードをトンとカウンターに置きながらそう言ったのはナタリーだった。


「ははは……何かすみません」


 困った表情を浮かべつつもペンを握る力だけは緩めないクロード。


「ふふ、エールのおかわりくださる?」


 ほんのりと頬を赤らめるエメラ。


「ここはね、家族連れで来るところじゃないのよ」


 スナックのママがすっかり板についているシギュンは、悪態を吐きながらもテキパキとエメラにエールを注ぐ。


「今回はね、『首都ミナジリの隠れスポット、知る人ぞ知る会員制の穴場特集』なんだから」

「職権濫用もいいとこでしょう。ここは完全会員制なんだから、一見いちげんが来られるところじゃないの。クロード新聞に載って有名にでもなったら私が面倒臭いの、わかる?」

「大丈夫大丈夫、上手く誤魔化しつつ書くから。お父さんが」


 クロードの肩をぽんと叩くナタリーに、クロードが頷く。


「頑張ります」


 難しい表情をしたシギュンが、大きな溜め息を吐く。


「……何を聞きたいのよ」


 仕方なしという様子で、カウンター内の高めの椅子に腰かけるシギュン。


「そうですね、まずはこの一週間どのようなお客が来たのか伺いたいですね」

「客層なんか聞いてどうするのよ?」

「客層がわかれば店の雰囲気がイメージし易いのです。シギュンさんのお店という事もあって、この会員カードを持っている方は大抵私の知っている方でしょうし」


 会員カードには、ディフォルメされたシギュンが赤いドレスを纏って投げキッスをしているイラストが描かれている。


「何度見ても酷いデザインね……」


 ナタリーもうんうんと頷く。


「ミケラルドさんの考える事は私も少し……あ、いえ、今はそういう話ではありませんね。それで、いかがでしょう?」

「そうね、初日……だったかしら。変な客が来たわね」

「変な客……といいますと?」

「挙動不審だったわ。会員カード持ってたから相手したけど、そわそわしながらチラチラこっちを見て、エールを一杯呑んだら帰って行ったわ」

「興味深いですね」

「実力もランクBがいいとこだけど、身体は大きかったわ」


 シギュンの話を聞き、小首を傾げるナタリー。


「んー? 誰だろう?」

「体毛が凄かったわね。なんかこう……クマみたいだったわ」

「何だ、クマさんか」

「え、そういう名前なの?」

「あれ……どうだったっけ?」


 隣にいるエメラに聞くナタリー。


「ベアとかそういう名前じゃなかった?」


 ナタリーを挟みクロードに聞くエメラ。


「グリ……ズリー? あれ? 記憶力はいいはずなんですが?」


 唸りながら額を抱えるクロードを横目にナタリーがまとめる。


「まぁ、そんな感じの名前よ」

「随分適当なのね。でも、何であんなヤツが会員カードを?」

「ミックの親友なのよ」

「は? アレが? ……いえ、確かミケラルドの親友って暗殺リストのかなり上の方にあったような……?」

「へぇ、やっぱりあったんだ」

「……ダメね、名前を思い出せないわ」

「リーガル大使館前で門番してるから今度行ってみたら?」

「私が罪人だって事、忘れるんじゃないの?」

「ミナジリ共和国では罪は犯してないでしょう。まぁ犯せばちゃんと裁くからね」

「こんな店で働いてるのに軍属じゃあね、軍法会議に出るのも悪くはないかもね」


 そんな軽口を受け、ナタリーがじっと睨む。


「そんな事したらミックが悲しむよ」


 意表をつかれたのか、シギュンは固まってしまう。


「……べ、別に彼がどうなろうが私の知った事ではないから」


 そう言ってシギュンは背を向けてしまう。

 忙しそうにグラスを磨く姿を見て、エメラがくすりと笑う。

 そして、ナタリーに小さく耳打ちするのだ。


「あのグラス、さっきも磨いてたわね」

「ふふ……そうだね」


 そんなやり取りを聞き、クロードも微笑む。


「ちょっと、聞こえてるわよっ」


 焦るシギュンに親近感を覚えたか、クロードがフォローし話題を戻す。


「他にはどんなお客様が?」

「二日目……だったかしら? ……変な二人組が来たわ」

「二人組……ですか。変なとは一体どのように?」

「やたら雑な女二人だったわ。一人……あれは素人ね、私から情報を引き出したいのか下手な話題を振ってきたわ」

「その方はどのような風貌を?」

「若くて小さな……齧歯類みたいな女だったかしら」

「もう一人の方は?」

「容姿は整ってたんじゃない? 落ち着き払ってたし、齧歯類の方を時折諫めてたし」


 その内容を聞き、カウンターの三人が中空に思い描く二人。

 それは、首都ミナジリ冒険者ギルドに勤める、受付嬢二人だったのだ。

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