その841 ギルドの言い分

「【魔導艇】……ですか」


 俺はそう言った後、ソファの後ろにいるロレッソに目配せした。


『どう思う?』

『ギルドもアーダイン様の一枚岩ではありませんからね』

『え?』


 そんな【テレパシー】でのやり取りの後、アーダインは渋面のまま口を開いた。


「ギルドの爺共がな――」


 目の前に一番の爺がいるんだが?


「――【魔導艇】の攻撃力を目の当たりにして、危険視するようになった……と言えばわかりやすいか?」


 ……なるほど、そういう事か。


「つまり、【魔導艇】の管理を冒険者ギルドに任せろと?」

「すまん、俺の一存で押さえられればよかったんだが……」


 歯切れの悪い言葉だったが、アーダインの言い分もわかるつもりだ。


「決定ではないんですよね?」

「勿論そうだ。俺がこの場に足を運ぶまでには話が上がってきている……そういう事だ」

「ふむ……」


 すると、アーダインの隣にいるリルハが割って入ってきた。


「呆れたものだな、爺の手綱も握れないのか」

「あの爺共がおしめしてる頃、お前はギルドを牛耳ってたな」

「そんな事はない。私はうら若き乙女だった」

「やってた事は血みどろの商戦だがな。それに、お前のところも何かあるんだろう?」


 アーダインの言葉に、リルハは気まずそうに口籠った。

 俺はまたロレッソに目配せをする。


『何か、世界が大変な事になってるね』

『ミケラルド様が世界に見せた技術に、世界が付いて来られない状況にあるだけです』

『それって皮肉?』

『半分だけ』

『もう半分は?』

『称賛です』

『あ、はい。ありがとうございます』

『しかし、二人共黙ってしまいましたね』

『この二人にしては珍しい』

『人は見た事もないものに対し恐怖を感じます。その克服方法は様々ですが、比較的簡単なのは、恐怖の対象を自身の制御下に置く事です。冒険者ギルドのお歴々は、【魔導艇】を管理下に置く事でその恐怖から逃れようとしているのでしょう。ですが――』

『――うん、彼らに任せる事は出来ない。力なくして力を持つ事の方が俺には怖いよ』


 心無しか、ロレッソが少し微笑んだように見えた。

 俺は二人に向き直り、リルハに話の続きを聞いた。

 というより、俺にはそれが何なのかわかっていたからだ。


「リルハさんのもう一つの用件は【魔力タンクちゃん】の事ですよね?」

「…………そうだ」

「あれは利便性に富んでますからねぇ。そもそも、商人ギルドをミナジリに置いてくれれば、規制品扱いにしても問題なかったのですが?」

「無論、私もそのつもりだった。商人ギルドで管理し、信頼の置ける商人が信頼の置ける者たちに捌くよう手配するつもりだった」

「だった――という事は、何か別の動きが?」

「【禁制品】にすべきだという話が上がってきている」


【禁制品】――規制品はランクA以上の商人であれば扱える品だが、禁制品は存在そのものがお蔵入りする品だ。医薬品にすら使えない毒物や麻薬、人間なんかがこれに当たる。まぁ、そこを上手くすり抜けてたのがリプトゥア国の奴隷売買なんだけどな。

 規制どころではない、禁止にしろと。

 商人ギルドも商人ギルドで大変ですなぁ。

 そうあっけらかんとした考えをしているのは、俺がその製造法も所有権も持っているからだろう。


「【魔力タンクちゃん】なくして魔王との戦いは避けられませんよ? SSダブルSSSトリプルのダンジョン攻略にも必須です。まぁリルハさんの事だからそれはわかっていらっしゃってるんでしょうが……」


 すると今度は、アーダインが割って入ってきた。


「俺もそうだが、リルハだけでは止められない事もあるって事だ」

「よかった、お二人共止めてくれようとはしたって事ですね」

「いや、そりゃそうだが……どうするんだ?」

「まず【魔導艇】ですが、これは今後多少出力を落とした廉価【魔導艇】を世界各国に配備する予定です」


 目を丸くするアーダイン君。


「次に【魔力タンクちゃん】ですが、もし【禁制品】で決まるような事があれば、ミナジリ共和国は全世界にその製造法をリークする準備があります」


 同リルハ。


「これで一度持ち帰って見てください。それでも駄々をこねるようであれば……――」

「「――……あれば?」」


「こちらにも考えがある、とだけ」


 直後、二人はその場に立ち上がった。

 両総括ギルドマスターが立ち上がる程の衝撃。

 この一言にはそれだけの威力があった。


「お二人ならおわかりかと思いますが、現在ミナジリ共和国には冒険者、商人ギルドと対立したとしても十分やっていけるだけの武力も、財力もあるという事です」


 俺は笑顔のままそう言った。

 二人の顔にはいい感じの脂汗。


「あ、これお二人用の【テレフォン】です。こちらに来たい場合は、法王国のミナジリ商店へ。転移の使用許可を出しますから」


 立て続けに言った後、アーダインとリルハは目と目で通じ合っていた。俺から【テレフォン】を受け取った後、二人は「わかった」とだけ告げて執務室から消えて行った。

 二人がいなくなった後、ロレッソが天井にいるラジーンに向かって言った。


「両ギルドの調査を」

『かしこまりました』


 ラジーンの気配が消えた後、俺はロレッソに言う。


「そこまでやらなくてもいいんじゃない?」

「念のためですよ」


 そう笑ったロレッソの顔が、俺は何より怖かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る