その840 転換期
「マジかぁ~……」
オリヴィエ、クリスとの謁見が終わり、元首執務室へ戻ると、俺はわざわざオーダーして「元首っぽい椅子」に腰掛ける事もなく、応接用のソファに倒れ込んだ。
何故なら、元首っぽい椅子には先客がいたのだから。
「あら、話終わったの?」
「シギュン殿、そこはミケラルド様の席です」
ロレッソは淡々と述べるも、シギュンは微笑むばかり。
「知ってるわ」
だが、流石はロレッソなのだろう。
シギュンのどかしかたを心得てらっしゃる。
「それほどまでにミケラルド様の匂いが好きなのでしたら、カミナ殿に相談されてはいかがでしょう?」
「す、好きじゃないわよ!」
凄い、すぐに立った。
しかし、俺にはそれ以上に気になる事があった。
「カミナが何だって?」
「『ミケラルド様の匂い香水』を私財を投じて作っているそうです」
「ちょっと何言ってるかわかんないんだけど」
「言葉以下でも言葉以上でもなく、言葉通りです」
言葉足らずなんだよなぁ。
まぁ、そんな事を言ったところでロレッソが教えてくれる訳もなく、俺はシギュンの横を抜け元首っぽい椅子に腰掛けた。
「それで、話は何だったの?」
シギュンの問いに、俺はロレッソを見た。
彼は一つ頷き、先の封書をシギュンに見せた。
「……ふ~ん、破格ね。特に貴方が神聖騎士ってところが笑えるわ」
シギュンは封書をロレッソに返し、一瞥するように言った。
「あれ、行っちゃうんですか?」
「ちょっと出て来るわ、いない方がいいだろうしね」
シギュンはそう言って部屋から消えたのだった。
俺とロレッソは顔を見合わると、くすりと笑いあった。
「やっぱりナタリーの言った通りだね」
「えぇ、流石はシギュン殿です。この後に起こる事も把握済みですか」
「まぁ、ミナジリ城にこれだけの魔力保有者が登城すれば、シギュンクラスならすぐにわかる……か」
「では、お通しします」
「うん、お願い」
ロレッソは一礼すると、執務室を出て行った。
……さて、まさか法王国がミナジリ共和国に大使館を置きたいと言ってくるとは思わなかったな。
謁見の後、オリヴィエ、クリスと少しだけ話す事が出来たが、どうやら大使館の土地代含む建設費用も
これを機にガンドフまでも大使館を置くとか言い始めたら、それはもう唯一無二の国なのだろう。
周辺諸国から認められ、魔族四天王も倒した。
後は勇者エメリーに勇者の剣を造るだけ――なのだが、やはり古の賢者の動向が気になる。
魔王の復活を含め、万事上手くいくとも限らない。魔導艇が完成したところで、それが世界にとって本当に良い事なのか。
「……はぁ」
不安だな。
世界の指導者ってのはこんなにも不安な日々を送っていたのか。先に見えるのは光か闇か。指導者は先んじてそれを確認し、失敗すれば責任が伴う。右に左に仲間はいても、前には何があるのかわからない。
……重責で押し潰されてしまいそうだ。
「……なんて考えてても答えは出ないんだけどな」
俺は椅子にもたれかかり、天井に向かってそう呟いた。
ラジーンはこの言葉を拾ったところで訳がわからないだろうな。そんなくだらない事を考え、俺は苦笑する。
廊下側に三つの魔力反応。
ロレッソが彼らを連れて戻って来たか。
「入ってください」
扉を開けるとそこにいたのはロレッソと……もう二人。冒険者ギルド総括ギルドマスター――
商人ギルド総括ギルドマスター――白き魔女リルハ。まさか彼らまで法王国から来ていたとは驚きだ。
「お掛けください」
俺の言葉と共に、二人は応接用のソファに座る。
ここにシギュンがいたらと思うと……やれやれ、更正プログラムの公布までは肩身が狭いな。
俺もソファに腰掛け、ロレッソは俺の背後に控えた。
「それで、今回はどのようなご用件でミナジリ共和国にまで?」
最初に口を開いたのはリルハだった。
「何、かねてよりミケラルド殿が望んでいた事が今回の事を機にカタチになりそうでね」
「おぉ」
口を尖らせ喜ぶ俺に、リルハがニヤリと笑う。
俺が望んでいた事……それは勿論ミナジリ共和国への商人ギルド
アーダインが頭を抱え、わざとらしく俺に言う。
「道中この話を聞いた時は驚いたもんだ。まさか商人ギルドを招くとはな。まったく、いつから動いてたんだ?」
「オリヴィエ姫がこちらにいらっしゃり始めた頃でしょうか」
「なるほど、そんな短期間で
顎を揉みながら言うアーダイン。
隣にリルハがいるのにこの言い方。
旧知の仲とはいえ、リルハが怒るんじゃないか?
「金がないところに商人ギルドは動かないだけさ。どこかのお堅い慈善事業も、そんな匂いに釣られて来たんじゃないのかね?」
何故二人は元首執務室まで来て嫌味を言い合うのだろうか。一人ずつ通せばよかったかもしれない。
「は、ははは……それで、アーダイン殿は何故こちらに? ミナジリ共和国には既に冒険者ギルドはありますが……?」
そう言うと、アーダインが困ったような表情を俺に見せた。頭をバリバリと豪快に掻き、言いづらそうに「うーん」と唸る。
そして、深いため息と共に出すかのように面倒臭そうに言ったのだ。
「…………【魔導艇】の件だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます