その839 謝罪2

 法王国の姫といえば、クリス王女というべきなのか、それとも今回の問題を起こしたゲバンの娘オリヴィエなのか。そんな風に考えてしまう事はないだろうか。

 だから今回のジェイルの言葉を聞いた時、一体どちらが来たのかと思ってしまった俺を誰が責められよう。

 結論から言うと、二人とも来た。


「ミケラルド様には、この度の兄の度重なる不始末にご尽力頂き法王国を代表し、深く御礼おんれい申し上げます」


 謁見の間でクリスが口上を述べる中、俺は隣で毅然と佇むロレッソに【テレパシー】密談をしていた。


『お礼にしても、何でこんなに早く?』

『ミケラルド様のせいですよ』


 ロレッソがいきなり小学校の友達みたいな事を言ってきた。


『え、俺また何かしちゃった?』

『今回に限り「そうではない」とだけ』

『……はて?』

『ミナジリ共和国はミケラルド様のお力により多くの情報発信技術を有しています。【クロード新聞】、【テレフォン】、【ビジョン】、果てはミケラルド様の【テレパシー】……無論、人海戦術を駆使しての噂の流布など含まれますが、これは他国にとって大きなリスクにもなり得るのです』

『まぁ確かに……』

『法王国としてはどれだけ早めに手を打とうとも、ミナジリ共和国にとって遅いととられれば、今後の国交に問題が生じると判断したのでしょう』

『そんなに気にしなくてもいいのに……』

『そう言えるのも、ミケラルド様とクルス様が内々で密談をしているからでしょう』

『なるほど、対外的に謝罪したという名目を早急に用意した、と』

『そういう事です。ふむ、そろそろ本題ですね』

『え?』


 本題は謝罪じゃないのか、と思いつつ、俺はクリスの話に耳を傾けた。


「――以上の事から、法王クルス・ライズ・バーリントン、並びに皇后アイビス・ライズ・バーリントンより多大なる功績、多大なる謝意の証として、この封書を預かって参りました」


 クリスが深々と頭を下げながら、封書を前に出した。

 俺が頷き、ロレッソがクリスから封書を受け取り。こちらへ持ってくる。俺はそれを開いて読み、絶句した。

 俺が固まっているとロレッソがその中身を見て、薄く笑った気がする。


「流石は法王国ですね」


 と、小声ながらも弾んだ声を俺に聞かせる。

 封書の冒頭には細かくも深い謝罪と厚い感謝が書き連ねられていた。しかし、俺が絶句し、ロレッソがほっこりした内容はその後に書かれた事だった。

 詫びの内容がヤバい。


 ・一つ、法王国はミナジリ共和国に対し法王貨幣をもっ白金貨はっきんか二十万枚を進上する。

 ・一つ、法王国はミナジリ共和国に対しミナジリ貨幣を以て白金貨十万枚を進上する。

 ・一つ、法王国はミナジリ共和国に対しリーガル貨幣を以て白金貨十万枚を進上する。

 ・一つ、法王国はミナジリ共和国に対しシェルフ貨幣を以て白金貨十万枚を進上する。

 ・一つ、法王国はミナジリ共和国に対しリプトゥア貨幣を以て白金貨十万枚を進上する。

 ・一つ、法王国はミナジリ共和国に対しガンドフ貨幣を以て白金貨十万枚を進上する。

 ・一つ、ミナジリ共和国元首ミケラルド・オード・ミナジリに対し国外追放を解除すると共に神聖騎士の称号をじょする。


「し、しんせいきし……!?」

「名誉号でしょうね。おや、下にも何か書かれてますよ。こちらはお詫びというより打診に近いようですが」


 ・以上の手続きが終了次第、友好の意を表し両国間に大使館を置き、密に連絡を取り合いたい。


「確か法王国って……」

「法王国に大使館を置きたいという国はあろうとも、法王国から大使館を置きたいという事は過去例を見ませんね。これは、クルス様とアイビス様が、ミナジリ共和国に諸手を突いて謝罪し、手放しで絶賛した証とも言えます」


 ……つまり、ミナジリ共和国は世界のビッグボスに認められ、他国と大きな差をつけたって事か。


「世界で唯一、ですね」


 隣で、ロレッソは俺にウィンクを送るなどした。

 法王国の客人の目の前だっていうのに、ロレッソにしては珍しい。

 まぁ、彼も彼なりに喜んでいるのかもしれない。今回の件では骨を折ってもらったしな。

 だが――、


「……確かに受け取った」


 俺はクリスにそう言いつつ、オリヴィエに視線を移した。それを合図だと理解したクリスが姪に小さく声を掛ける。

 するとオリヴィエは今までにない晴れやかな表情を俺に見せた。


「ミケラルド様」

「……元気そうで何よりだ」

「父ゲバンの不始末、わたくしの罪、法王国の枷を解き放って頂いただけでなく、厚いご高配に御礼申し上げます」

「堅苦しい口上は結構だ。今回は何故ここに?」

「今回わたくしがここにいるのはわたくし自身の意思によるものです」


 ……へぇ。

 ゲバンの命令だけで動いてたあの頃とは雲泥の差だな。つまり、ここへはクルスやアイビスに頼み込んで来たという事か。クルスたちなら、オリヴィエをミナジリ共和国へ行かせるタイミングをもう少し読んだはず。

 だが、オリヴィエはそれでもミナジリ共和国にやって来た。


「先程の書状――法王国からのご提案はお読み頂けましたでしょうか?」


 俺はロレッソと視線を交わす。

 大使館の事……だよな。

 ロレッソが頷き、俺もオリヴィエに対し頷く。


「うむ、前向きに検討したい事だと思っている」

「ありがたき幸せに存じます。……もしそれが叶った時、つきましてはその大任をこの身で、と考え、はせ参じました」


 わお。姫わお。

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