その837 対話8

「えぇ……そこは『そうかもしれないわね、ふふふ』とかでしょう」

「気味が悪いからそう言っただけよ」

「ロレッソの一言がずしんとくる感動的なシーンは?」

「そんなのが見たければ洒落た劇場にでも足を運んだらどう?」

「ちょっと、何か言ってやってよロレッソ」


 シギュンを指差しながらの救援要請。

 肝心のロレッソ君は額を抱えながら大きな溜め息を吐いていた。


「ほら、ロレッソが困っちゃったじゃないですか」

「どう見ても貴方に呆れてるだけよ」

「いやいや、最初に雰囲気ぶっ壊したのシギュンさんじゃないですか」

「私は面接されてやってる立場な訳。どう振る舞おうが私の勝手でしょ」

「じゃあ、さっきのシギュンさんの動揺っぷりをどう解釈しようともこちらの勝手という事で?」

「何なのその理屈?」

「シギュンさんはもうこのミナジリ共和国以外に行く当てがないんですよね? だからここから追放されるような真似はしそうにない。これが、我が優秀なる片腕ロレッソ君が導き出した答えです」

「…………アホくさ」

「あ、今の表情の機微! 私、見逃しませんでしたからねっ!」


 俺は子供のように立ち上がってシギュンを指差した。

 ニコニコと隣に意見を貰おうとすると、何故かロレッソは俺から目を背けていた。解せない。


「……あなたも大変ね」


 ついにシギュンがロレッソの側に付いた。

 あれ? さっきまで戦闘勃発一歩手前、みたいな雰囲気じゃなかった?


「……えっと、俺の解釈間違ってた?」


 ロレッソの右側頭部に聞く。

 すると、ロレッソはようやく俺を見てくれた。というより、見るしかないといった表情である。とても解せない。


「……概ね合っております」

「おぉ! ……むね?」


 完全に正解ではないという事か。

 しかし、あれ以上にどんな意図があったのか。


「ちょっとした仕返し、、、ですよ」

「「は?」」


 俺とシギュンの疑問ハーモニーが世界を包む。

 疑問ちゃんが世界一週旅行を楽しみ、元首執務室に戻ってくると、俺はロレッソに再度聞いた。


「仕返し?」

「私、あなたに恨まれるような事してないはずなんだけど?」


 シギュンも気になってるようだ。


「シギュンさんなら、ロレッソのベッドに毒蛇でも入れそうですけど?」

「そ、そんな事してないわよっ!」

「本当ですか~?」

「どう考えても、私より貴方への恨みの方がありそうだけど?」

「え、嘘!?」

「相当困らされてるじゃない、彼」

「くっ、ロレッソには今度俺の切腹芸で矛を納めてもらうしか……っ!」


 そんな俺の嘆きを聞いてか全く聞かずか、ロレッソは深いため息を吐いた。


「昨日の事を忘れたとは言わせません」


 あ、俺の話は全く聞いてないやつだ、これ。


「昨日?」


 蚊帳の外……再び。


「シギュン殿、あなたは私の友人たちを言葉巧みに追い詰めた」

「あぁ……そういえばそんな事もあったわね」


 友人たち……なるほど。

 ナタリーとジェイルとリィたんの事か。

 確かに、ナタリーはともかくジェイルとリィたんに関して言えば、俺がしぎゅんに行くまではかなり揺さぶられていたもんな。それを昨日の内に報告してたから、ロレッソが怒ってしまったと。


「ナタリー様は非常に優秀つ希有な眼力を持ち、あの辣腕らつわんは世界広しといえどもそうはいません。ジェイル様は無口ながらも実直且つ勇猛、ミケラルド様の指針となるような御方。そしてリィたん様は、ミナジリ共和国が立国する前からミケラルド様を守り続け、その親愛と敬意から国章に選ばれたミナジリ共和国の守護者というべき御方。彼らを貶めるような発言は、たとえミケラルド様が許そうとも私が許しません」


 ロレッソの意見はもっとも。ご尤もである。

 出来れば、ミケラルドの事をどう思っているかあたりまで聞かせて欲しいところだが、今は路傍ろぼうの石的扱いなので、何も言わずに黙っている俺はとても偉いと思う。今日のおやつはいつもより多めに申請してみよう。


「……ふっ、友達思いなのね」

「私には武力こそありませんが、この場においては私の戦場です。シギュン殿、あなたを追い詰める術が私にないとでもお思いか?」

「っ!」


 そう言ったロレッソは、何故かいつもより大きく、それでいて研ぎ澄まされているように見えた。正直、ちょっと怖いくらいに。

 それはシギュンも同じ考えのようで、ロレッソから目をそらし、何故か俺を見たのだ。はて?


「ミケラルド様に助けを求めても無駄です。この方の頭の中は常にお花畑ですからね」


 優秀且つ希有な眼力! 辣腕!

 実直且つ勇猛! 俺の指針!

 親愛と敬意! 守護者!

 そしてお花畑。とてもファンシーだ。

 出来ればもう少し難しい語彙を使って俺をアゲてくれても良かったのだが、今はやはり路傍の石。

 俺が求めてた答えは虚数の彼方にすらなかったが、ロレッソの言わんとしている事はわかる。


「彼らに謝罪を」


 そう、皆への謝罪である。

 俺はこういう時のロレッソには絶対に勝てない。

 戦いを挑もうとすら考えない。ロレッソが本気になったら弁論で勝てるのはナタリーくらいだ。そもそもロレッソはナタリーに喧嘩を売らない。自動販売機のようにボタンを押したら不祥事がコロコロ出てくる俺くらいなものだ。

 次の瞬間、シギュンの反応が大きく変わった。

 有無を言わさぬロレッソの気迫に……呑まれた。あのシギュンが。


「…………ったわ」

「はい?」

「わかったって言ってるのよっ」


 路傍の石とお花畑。

 言われてみると近いかもしれないな。

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