その836 対話7

 面接を始めても尚、シギュンは優雅に腰掛けている。

 強者にだけ許される態度とはいえ、これでは示しがつかないのでは?

 そう思いロレッソをちら見すると、俺が渡した履歴書をざっと流し読みしながらシギュンに質問した。


「ではまず、ミケラルド様の秘書志望との事ですが――」


 殺気が凄い。

 誰も志望なんてしてないと言わんばかりの殺気である。


「――その志望動機をお伺いしたく存じます」


 怒髪天が天井貫いてラジーンまで巻き込むんじゃないかってくらい怒ってらっしゃる。

 ロレッソのヤツ、何か考えがあるみたいだな?

 頑張れシギュン、俺は君の味方だ。


「気持ち悪い笑みね」


 が、シギュンちゃんは俺の気持ちを汲んでくれなかった。


「ミケラルド様、ミックスマイルが出てらっしゃいます」

「え、うそ? 慈しみが籠もってなかったっ?」


 ロレッソの指摘により、俺は慌てながら顔を揉みほぐした。

 疲れたのか、不遜なだけか、シギュンは背もたれにどっと身体を預けて先の問いに答える。


「そこの吸血鬼に誘われたから」

「それはここにいらっしゃるまでの経緯ですよね?」

「は?」


 俺も「は?」である。


「誘われたからここまで来るのですか? あなたには拒否権もそれを考える時間もあったはずです。ミケラルド様が用意した屈辱的なコスチュームを身に纏ってまでここに来た理由を……私は聞いているのです」


 何? 今日のロレッソ怖いんだけど?

 いや、いつも怖いけどな。

 シギュンは意表をかれたのか、目を丸くし……それが徐々に怒りに変わっていく。自分が、自分より武力を持たない者にあおられたと理解したからだろう。

 ところで、あのスーツってそんなに屈辱的?


「再度伺います。シギュン殿、あなたの志望動機を聞かせてください」


 直後、シギュンは俺に向けていた殺気をロレッソに移行させた。

 鋭く突き刺さるような強い殺気。オベイルが殺気大会とかやってたのを思い出す。シギュンが出場すれば、リィたんと良い勝負をするんじゃないかってくらいの殺気を受け……凄いな、隣のロレッソは涼しげな様子。


「黙ってばかりでは何も進まないのですが?」


 ロレッソのジャブが的確にシギュンの怒りゲージを上げていく。


「……私が何も出来ないと高をくくってるんじゃない?」


 確かに、これ以上はシギュンが何をするかわからない。

「このまま刺激を続ければ行動を起こす」と、シギュンは言ってるのだ。


「それはご自由になさって結構です」

「……は?」


 俺も「……は?」である。

 シギュンが暴れても問題ない理由。それは――、


「ミケラルド様、その時はよろしくお願い致します」


 そう、俺がいるから。


「え? は? 俺……ですか?」

「私にシギュン殿を御する力はありませんから、この場で一番の適役はミケラルド様かと」

「いやまぁ確かにそうなんですけどね?」


 直後、シギュンが大きく噴き出す。


「……はっ。あはは……どんな手があるのかと探ってみれば結局ミケラルドだよりじゃない? 虎の威をる狐ってところかしら?」


 シギュンの逆襲。

 しかし、やはりロレッソは首を傾げたままさらりと返した。


「……それが、何か悪いのですか?」


 強い、今日のロレッソは過去一で強い。


「っ! ミケラルドがいなければ何も出来ない癖にね……!」

「それはどうでしょう? 私がいなければ、少なくともミケラルド様が困る事も多いでしょうし、ミナジリ共和国という器にも綻びが出るでしょう」

「口だけでは何とでも言えるわね」

「では、口以外を出したらいかがです?」


 俺、元首。俺、蚊帳の外。


「そこにいなければとっくに首をねてるわよっ」

「えぇ、ですから私はここにいるのです」

「は?」

「何かおかしな事を言いましたか? 私は弱者故にミケラルド様の隣でミケラルド様を支える職務に付いているのです。私にミケラルド様程の力があれば、そうする必要がありませんので」


 …………なるほど。

 ロレッソの言わんとしている事が、なんとなくだがわかってきた気がする。

 それがわかってくると……確かにシギュンの志望動機は聞いておきたいかもしれない。


「今一度聞きます。何故ここへ?」


 先程のようなかしこまった言い方ではない。

 ロレッソはわざわざここまでかみ砕いて聞いてみせた。


「だから……っ!」


 こうして見ると、綺麗なお姉様という印象だったシギュンが、子供のように見えてくる不思議。というより、ロレッソの追い込みが凄いだけなんだけど。

 的確に相手の弱点を衝き、食らいついたらテコでも離れない。宰相ならではの戦いの場、か。

 そもそもここは元首執務室。俺もこの部屋ではロレッソに負けっぱなしだからな。勝てるはずもない。

 何も言えなくなってしまったシギュンは、俯き、自身の手を眺めていた。その手を強く握った後、小さく一言。


「……何なのよ」


 苛立ち半分、困惑半分の……そんな一言。

 しかし、そんなシギュンの全部を吹き飛ばすかのようにロレッソは言った。


「『自分の居場所を守るため』、それだけの事なのではありませんか?」


 そんな質問と共に、シギュンは顔を上げる。

 そして俺を見て、小さく一言。


「……気持ち悪い笑みね」


 どうも、オチ担当のミケラルドです。

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