◆その832 対話3

「エレノアって【魔女ラティーファ】の事だよね……?」


 ナタリーが聞くと、シギュンは「そうよ」とだけ言ってまた口に酒を運んだ。そして、困惑するナタリーをよそに話を続けたのだ。


「私にはわからないけど、エレノアは何かを知っていたみたい。四肢欠損すらなかった事にする伝説の回復魔法天使の囁きエンジェリックヒール。現聖女アリスですら成し得ない未知の魔法……まぁ、アナタの血を得てミケラルドも使えるみたいだけど」

「……何が言いたいの?」

「別に? ときの番人の暗殺リスト上位にアナタがいる理由を教えてるだけよ」

「……そう」

「でもね、アナタの才能はそれだけじゃない」

「え?」

「世界最強の実力者ミケラルド・オード・ミナジリの手綱を握り、それに付き従う実力者たちの統率を行えてしまう事実。エレノアがどうかはわからないけど、私はむしろそっちの分野に突出した才能を恐れたわ。世が世なら、軍師として名を残したでしょうね」


 そう言ったところで、ナタリーは空けたグラスをカンとカウンターに置いた。ナタリーの苛立ちを拾ったシギュンはくすりと笑った。


「そうね、今日はそんな話をしに来たんじゃないわよね。それで? アナタがわざわざこんなところにまで足を運んだ理由は何?」

「風の噂で聞いたんだけど」

「それは怖い風ね」

「ご褒美って……何?」


 それを聞いた直後、シギュンは目を丸くさせ固まった。

 そして数拍の間の後、シギュンは大きく噴き出したのだ。


「ぷっ、あははははっ! 何? そんなくだらない事でこんなところまで来たの?」


 目の端に涙を浮かべ、シギュンは笑いながらそれを指で拭った。


「い、いいから答えて……っ」

「アナタにとってそんなに重要な事?」

「何よりも」


 意外な事に、ナタリーの断言はまたシギュンの口を噤ませた。目を見開くシギュンだったが、ここで店の異変を感じ取る。


(……何かいるわね?)


 天井を見、裏口側を見、そして窓の外を見る。

 それを知ってか知らずか、ナタリーは答えを催促した。


「答えて」


 すると、シギュンは諦めたようにまた肩をすくめた。


「別に、ここの元首と約束しただけよ。そっちに協力する見返りに私からご褒美をあげるってね」

「それは何?」

「私がミナジリ共和国に来てあげた。それがアイツにとってはご褒美でしょう?」


 ニコリと笑ったシギュンの答えを聞き、ナタリーは少しだけ困った様子を浮かべ、少しだけ唸り、少しだけ中空を見つめた後、少しだけ溜め息を吐いた。


「はぁ……確かにそうかもしれない」

「ふふふ、でしょ?」

「……じゃあ、これからミナジリ共和国でやっていくって訳?」

「どうかしら? 隠れ家としては何の効力もないけれど、住み心地はいいわ」

「…………さっきこの店の仕様書に目を通したんだけど」

「何?」

「すんごくお金かかってるんだよね」

「あら、それは大変ね」

かく、ここでお店するにしても色々手続きがあるから、後で私のところまで来て」

「店の手続き如きで軍のトップに会いに行く訳? 面白い国ね」

「ロレッソが話をしたがってるから」

「そう、この国の宰相は随分優秀みたいね。私を殺しに来ないなんて」

「いざという時の戦力としてあてにしてるからでしょ」

「言う事をきくとでも?」

「私にはわからないけど――」


 シギュンがぴくりと反応する。

 ソレが先程まで自分が使ってた言葉だったからなのか、それとも、ナタリーの表情が推測や推察というより確信に近かったからなのか。


「――多分シギュンは、なんだかんだ言ってもミックの側には付いてくれると思う」


 ほんの少し、ほんの少しだけ微笑みを見せたナタリーに、シギュンは言葉を失う。そんな自分に気付いたのか、シギュンはすんと鼻息を吸ってから言った。


「……味方になるとでも?」

「味方じゃない」

「は?」

ミックの側、、、、、って言ったでしょ」

「……ふん、生意気なハーフエルフね」

「別に私やジェイルさん、リィたんの味方じゃなくてもいい。でも、ミックだけは裏切らないで」


 そう言うと、ナタリーはカウンターの席から飛び降りて扉に手をかけた。

 鳴り響くドアベルと、ナタリーの言葉。


「夕方には大方の仕事は片付いてると思うから、その時ミナジリ城まで来て。それと、ミルクご馳走様」


 パタンと閉められる扉と、また鳴り響くドアベル。

 渋い表情をしたシギュンが、ナタリーの空けたグラスを見る。


「ほんと、生意気なハーフエルフだこと。料金とっておけばよかったわ――」


 空いたグラスを片付け、新たに二つのグラスを用意するシギュン。


「――ねぇ、二人共、、、?」


 店に響いた声に反応し、裏口の扉と、天井の板が外される。

 裏口から堂々と入って来たのは――、


「あら、久しぶりね。蜂蜜酒ミード……でいいかしら?」

「お前の血でもよかったんだがな」

水龍、、ってそんなに野蛮だったの?」

「ふん」


 そして、天井裏から降りて来たのは――、


「あなたも私の血をご所望?」

「首でもよかったんだがな」

「まぁ、逞しいリザードマンね」

「ふん」


 そう、ナタリーの後にしぎゅんに入って来たのは、リィたんとジェイルだったのだ。


「面白い関係ね、あなたたち」


 そんなシギュンの意味深な言葉と共に、新たな対話が始まるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る