◆その833 対話4

 ジェイルはカウンターの席に腰掛け、リィたんが壁に寄りかかる。対し、シギュンは笑みを絶やす事なく飲み物を作っていた。


「さっき」


 最初に口を開いたのはジェイルだった。


「何?」

「我々を『面白い関係』だと言ったな? どういう意味だ?」


 その質問と同時、シギュンはジェイルの前にグラスを差し出して言った。


「言葉通りよ。さっきの子、ナタリーはミケラルドの事が余程心配なのね。ご褒美の件が本題っぽく言ってたけど、あれはナタリーなりの私への面接……でしょう?」


 そう言って、シギュンはリィたんに向かってグラスを投げた。

 ふわりと浮かぶように弧を描いたグラスは、中身が一滴も零れる事なくリィたんの手元に届く。

 リィたんはそれを受け取り、一気にグラスを空けた。

 近くのテーブルにカンと置かれたグラス。

 リィたんは豪快に口を拭うと、シギュンの確認のような質問に答えた。


「どのように思おうがお前の勝手だ」

「じゃあ、アナタたちは一体何のためにここまで来たの?」


 微笑びしょうを浮かべ、カウンターに肘を突くシギュン。

 すると、ジェイルとリィたんは一瞬だけ視線を交わした。

 そして、その返答を譲り合うかのように視線を外したのだ。


「ふふふ、どうせアナタたちも同じなんでしょう? 確かに、ミケラルド・オード・ミナジリが私をミナジリ共和国に引き入れた。けれど、私が彼に害を加えないとは限らない……アナタたちも私を見極めに来たのよ。彼の心を守るために」


 そこまで言っても、二人は無言を貫いた。


「凄いわね、私がミナジリ国民を害するなんて一切考えてない。アナタたち三人、、は、最優先で彼の無事を心から願っている。国民なんて二の次、三の次ってところね」


 すると、ジェイルがこれに反応した。


「ミックは元首だ。一代でミナジリ共和国をここまで築き上げた傑人を失う訳にはいかない。そう考えるのが普通だと思うが?」

魔族リザードマンのアナタが普通を語るの? でも残念ね、事はそう単純じゃないの」

「何?」

「万が一、ミケラルドの命が消え去った時、アナタたちはどうなるのかしらね?」


 瞬間、ジェイルの憤怒によってグラスが割れ、リィたんの魔力によって窓ガラスが割れた。

 ミケラルドの命に関わる事を言い放ったシギュンへの殺意。店の中にそれが充満するも、当の本人は涼し気な顔をしている。


「安心してよ、私が彼を傷つける事はないから」


 そう言うも、二人の怒りが収まる気配はない。


「勿論、ちょっとした意地悪くらいならしちゃうかもしれないけど」


 また微笑みを浮かべると、シギュンは更に続けた。


「問題なのはアナタたちって事」


 この発言に、リィたんがピクリと反応する。


「何だと?」

「さっきの続きだけど、アナタたち……ミケラルドを欠いた後どうなるのかしら?」

「……それはどういう意味だ?」

「アナタたちを繋げているのはミケラルドだという事、それすらも理解出来ないのかしら、最近の龍族は?」

「くっ……!」

「もしミケラルドがこの世から消えたら、アナタたちが一緒にいる姿が思い浮かばないのよ、私」


 シギュンがそう言い切ると、ジェイルとリィたんは再び視線を合わせた。しかし、先程同様それは長く続かなかった。それも、互いが互いの視線から逃れるように外したのだ。

 それを見たシギュンが妖しい笑みを見せる。


「ミケラルドが大事、ミケラルドが大事なんて思ってても、どうせアナタたちは今の関係が心地いいからそのぬるま湯に浸かってるいるだけ。本当に心から彼を案じているのかしら? その心の中に打算があったりするんじゃないの? 私の居場所を壊さないで欲しいって」


 その発言に、すかさずジェイルが立ち上がる。

 腰元の剣の柄に手を置き、今にも引き抜きそうな形相である。


「あら? アナタそんなに短気だったの? それじゃミケラルドに愛想つかされるのも早いわね」

「貴様……やはりここで殺しておくか」

「いいわよ? でも、ミケラルドが私をここに引き入れた事を忘れないでちょうだい? 彼が次に会うのが私の首だった時、アナタはどんな風に落胆されるのかしらね?」

「くっ!」


 シギュンの言葉は、まるで楔かのようにジェイルの動きを封じた。そんなジェイルの事など気にする事なく、シギュンは最初の話へと戻った。


「私が面白い関係だって言ったのはそういう事。アナタたち、とてもいびつね。ミケラルドの心を守りつつ、自分の居場所を守り、今にも千切れ落ちそうな吊り橋の上にいるみたい」


 そう言い切ったところで、シギュンはグラスの酒を全て空けた。


「おかわりはいらないでしょう?」


 ニコリと笑ったシギュンの言葉を受け、ジェイルが扉を開けた。同時に、荒く鳴り響くドアベル。しかし、ジェイルは店を後にしなかった。その場で立ち止まってしまったのだ。

 シギュンが小首を傾げていると、ジェイルは見えない圧力に押されるかのように後退して店の中に戻ってきたのだ。


「……ミック」


 扉の外にいたのは、


「どうも、ジェイルさん。性悪女います?」


 ニコニコしながら店に入るミケラルドを横目に、シギュンが呆れた様子で肩をすくめてみせた。

 ジェイルは目を丸くさせながら、同じく目を丸くさせているリィたんの隣へ移動し、当のミケラルドは軽やかにカウンターの席に腰掛けた。


「ママ、トマトジュースちょうだい。あ、つまみに笑える皮肉でも一つお願い」


 ナタリーが去り、ジェイルとリィたんを壁際に追いやり、最後にはミケラルドとの対話が始まるシギュンだった。

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