◆その830 対話1
ミナジリ共和国にあるミナジリ城は、ミケラルドが冒険者ギルドの報酬をそのまま寄付した事で築城となった。
ミナジリ城の中心には中庭があり、そこにミナジリ邸こそあるものの、元首執務室などはこのミナジリ城にあるのだ。
その中には当然、ミナジリ軍を統括する部屋もある。
軍部と簡単に書かれたプレートの下にある扉を潜ると、そこは応接兼待合室があり、そこからは三つの部屋に分かれている。
一つは竜騎士団。
ここには竜騎士団長ジェイル、副団長レミリアの机があり、ナタリーの隙を見てドゥムガがからかいに来る部屋。
一つは暗部。
ここはほぼ無人だが、ラジーンが日々の日誌を付けている部屋である。サブロウが茶を飲みに、ナガレがサボリに、ノエルが律儀に報告にやってくるような余り機能をはたしていない。何故なら、最後の一室が、ミナジリ軍の全てを担っていると言っても過言ではないからだ。
最後の一室が軍部統括司令官室――通称ナタリーの部屋。
「ん~……やっぱり竜騎士団員が集めてきたオリハルコンの欠片だけじゃ、オリハルコン装備の全配備は難しそうだな~……」
ペン尻でこめかみを掻き、ロレッソから回されてきた書類と格闘するナタリー。
ナタリー五人分はあろう机には書類の束が重ねられ、そのほとんどを占領している。
机を隔てた正面には応接間兼待合室への扉。右手前方には表札に「どぅむが」と書かれた小さなドゥムガ小屋。中には毛布が一枚敷いてあるだけで、他に何もない。
左手前方にはナタリー思い出の品が並べられた棚がいくつか置いてある。ミナジリ四人の写真。エメラ、クロードとの家族写真。
それらの中点――
ドゥムガ小屋からちらりとドゥムガが外の様子を見る。
震える手と目が、その異常性を物語る。
ドゥムガの視線の先にいた青年――ミナジリ共和国の元首ミケラルドは、ただただ平伏し、ナタリー大明神の反応を待っている。
「あ、ドゥムガ」
「は、はい!」
ドゥムガ小屋から慌ただしく出て来るドゥムガは、ミケラルドの隣にすぐに移動して姿勢を正した。
「この書類をジェイルさんに、これは
「はっ! こちらの書類をジェイル様に、これは
「うん」
「た、
ドゥムガがそそくさとその場を離れて行く。
それは、殺気と怒気でぐにゃりと歪むようなこの部屋の恐怖から逃れるためだ。
パタンと閉じられた扉、しんと静まり返るナタリーの部屋。
いくらミケラルドといえど、この空気を打破する事は叶わない。この部屋を支配しているのはナタリーなのだから。
「なんか、噂で聞いたんだけど」
それは、突然ナタリーから切り出された。
「シギュンがミナジリ共和国入りしたんだって?」
「ははっ!」
「なんかさ、ご褒美がどうとか聞いたんだけど、それって――何?」
ビクリと反応するミケラルド。
「は…………はて?」
直後、ナタリーが書類をトンと整える。紙だというのに、それは机にストンとめり込んだ。まな板ごと斬り裂く包丁のように。
「ひっ」
「ワンリルが聞いてたよ? ちゃんともらってたって」
「にゃろう……」
ミケラルドがワンリルへの恨みを露わにするも、
「ん? 何?」
「にゃ、にゃ~お」
部屋の中心にはいつの間にか猫がいた。
猫は床が大好きです。床に頬ずりしながら
「で、何なの? ご褒美って? ジェイルさんからも聞いたよ? ご褒美の約束があるとかって。ん? どうしたのかな? 私はちゃんと話したいだけなのに」
ナタリーは明るい?笑みをミケラルドに向けるも、そこには短刀を腹に突き立てようとしている芸人しかいなかった。
「一番、ミケラルド! 一発芸します! はい!」
言いながら短刀を腹に突き刺すミケラルド。
しかし、短刀はポキリと折れてしまった。
「はい拍手~!」
「あはははは、すごーい」
そう言って、ナタリーは笑って拍手する。
当然、目は笑っていない。
ミケラルドは【闇空間】からチリトリとホウキを取り出し、短刀の破片を丁寧に掃除して回収する。
そんな中、ナタリーはカタンと立ち上がった。
命の危険を感じ取ったミケラルドは全方位に魔力壁とサイコキネシスの壁を発動するも、ナタリーはその横をすーっと通り抜けて行った。
ミケラルドはそんなナタリーに声を掛ける。
「あ、あのナタリーさん?」
むっと頬を膨らませているナタリーが振り向く。
「何?」
「えっと……どちらへ……?」
その質問を受け、ナタリーはまた背を向け、扉を開けながら言った。
「ミックが答えないなら直接聞くしかないでしょう」
「へ? 誰に……?」
「シギュン」
その言葉を最後に、扉はパタンと閉められたのだった。
再び静まり返る部屋の中心で首を傾げる猫兼芸人兼ミケラルド。
直後、ミケラルドはハッとした様子で慌てだす。
「こ、こうしちゃいられねぇ!」
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