◆その829 しぎゅん2

「「おぉ~……!」」


 暗部ミーハー+ワンリルの精鋭たちは、シギュンのその一言に歓声を漏らす。

 ミケラルドは、首をひねったまま、両の頬を手で押さえ、未だ混乱から戻ってきていない。


(ご褒美? 何だご褒美って? ご褒美ってあれか? 綺麗なお姉さんが意味深な台詞を連発した後、あわよくば連発出来ちゃう的な展開にもっていけそうなアレか? いやいや相手はシギュンだぞミケラルドのバカクソボケナスアホンダラどう考えてもシギュンがそんな事してくれる訳ないじゃないか。だったらこの状況は何だ? 夢か? まさか夢なのか? だとしたら話は早い、夢から覚めればいいだけだ)


 一秒も経たない内に考えをまとめたミケラルドがシギュンに言う。


「ちょっと引っぱたいてもらっていいですか?」

「どういう思考状況になったらそういう事になるのかしら?」


 呆れるシギュンだったが、ここでミケラルドに思わぬ援軍が入る。


「あいたっ?」


 ミケラルドは後頭部を押さえ、暗部のいる方を見る。

 そこには、ミケラルドに向かってナイフを投げたノエルが立っていた。 


「「おぉ~……」」


 先程とは違った意味で感嘆の声を漏らす暗部。

 これは現実だと説明するかのようなノエルのツッコミに、ミケラルドは目を丸くさせながらも後頭部をさすってシギュンに向き直った。


「……なるほど」

「何に納得したのかわからないのだけれど」

「まぁとりあえずシギュンさんが嘘を言ってないって事だけは理解しました。それじゃぁ……」


 と、そう言った直後、ミケラルドは鼻息を荒くさせた。


「ご、ごごごごご褒美をよろしくお願いしますっ!」


 言いながら、ミケラルドの腰が九十度に曲がる。

 興奮冷めやらぬミケラルドの背では、ノエルがパーシバルの目を塞いでいる。


「お、おい! 何で見せてくれないんだよ!」

「子供は見ちゃいけません」

「あいつは僕より年下だろっ!」


 言いながらミケラルドを指差すも、ノエルはパーシバルの視界を解き放つ事はなかった。

 肝心のミケラルドは、シギュンによるご褒美を鼻の下を伸ばしながら待っていた、

 しかし、シギュンは待てど暮らせど何をしてくれる訳でもなかった。

 長い無言の空間に耐え切れなくなったのか、ミケラルドがちらりと顔を上げる。


「あ、あの~……?」


 そう聞きながらシギュンを見るミケラルド。

 すると、シギュンは小首を傾げて立っているだけだった。

 これを訝し気に思ったミケラルドは、再度確認するように聞く。


「あのー、差し出がましいかもしれませんが……ご褒美は?」


 しかし、シギュンから返ってきた言葉はミケラルドにとって衝撃的なものだった


「何言ってるの?」

「は?」

「何を言ってるの? って聞いてるんだけど?」

「へ? で、ですからご褒美を頂きたいなと思いまして――」

「――もうあげた、、、でしょう」

「ん?」


 爽やかな笑みを纏い、首を傾げながら硬直するミケラルド。


「……ん?」


 反対側に首を傾げるも、シギュンから返ってくる答えはなかった。


「あげた、というのは空に向かって掲げたとかそういうトンチの利いたアレですかね?」


 別の可能性を探るも、シギュンは肩をすくめるばかり。


「ん~……?」


 首を傾げながら暗部はいごを見るミケラルド。

 しかし、皆も皆で首を傾げている。


「わかってないわね」


 そこでようやくシギュンが口を開いた。


「私がここにいるでしょう?」

「いますね?」

「私がミナジリ共和国に来てあげたのよ?」

「ほうほう?」

「それはもう貴方にとってご褒美といえるんじゃなくて?」


 一瞬の沈黙。

 皆が完全に固まった瞬間だった。

 時間にしてほんの一秒程だっただろう。秒針の動きに合わせるかのようにミケラルドが動きだす。

 自身の額をペチンと叩き、「してやられた」という表情を見せる。


「あちゃー……」


 反対にシギュンは「してやったり」という表情を見せ、くすりと微笑んでいる。

 ミケラルドが気を取り直し、シギュンに言う。


「いや、一体どれだけ自分を高く見積もれば気が済むんですかね?」

「時価って大事にしたいのよね」

「ご褒美を使いミナジリ共和国への入国を決め、ご褒美によって自分をミナジリ共和国に売り込む、と?」

「正確には貴方に雇われてあげるって事」


 ミケラルドは難しい顔をしながら中空を睨んだ。


(ん~、確かにご褒美と言えなくもない……か?)


 そんなミケラルドの考えを見透かしたかのように、シギュンはまたくすりと笑った。


「何だよつまんないね!」


 そう言って、ナガレがこの場を離れる。


「解散、解散じゃ!」


 サブロウがそう言うと、皆も落胆した様子でその場を後にしたのだった。

 皆の悪態を背中で聞きながら、ミケラルドは深い溜め息を吐いた。

 そんなミケラルドを気にする素振そぶりもなく、シギュンは淡々と告げる。


「さ、私が住む場所はどこかしら?」

「不遜過ぎるだろ、性悪女……」

「悟っただけよ」

「は?」

「貴方を苦しめるのは、物理的なものじゃなくて十分だってね」


 言いながら微笑んだシギュンに、ミケラルドは小さく乾いた笑い声を零す事しか出来なかった。

 しかし、この性悪女シギュンに対し、性悪男ミケラルドが何も用意していない訳がない。あるはずがないのだ。

 シギュンの働き口と寝床を用意したとミケラルドが案内した先。そこでシギュンはとんでもないものを目にしたのだった。


「こ、ここは……!?」


 シギュンが息を呑む程の衝撃。

 光魔法をいじり、桃色の発光が闇夜に交ざる。

 店の名を記す文字が一文字ずつ規則的つピンクに光り、微かな酒の匂いと共に妖しい雰囲気をかもし出す。


「スナック【しぎゅん】。今日からここのママをお願いします」


 顔をヒクつかせるシギュンと、真横でわらうミケラルド。

 その日、スナック【しぎゅん】の前では、夜通しののしり合いが続いていたという噂が流れる一方、店を貸し切りにして延々トマトジュースを注文する吸血鬼がいたという噂もあったとかなかったとか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る