その828 しぎゅん1

 ミケラルドと暗部の皆が地べたに座り、酒やジュースを呑みながらシギュンとフェンリルワンリルの観戦を始める。

 やんやと騒ぐ暗部に苛立ちを覚えたのか、シギュンが鋭い視線を向ける。ミケラルドに。


「何で私なのか?」


 首を捻っているミケラルドに、シギュンは何も答えない。

 答えられないのだ。何故ならシギュンは今、ワンリルの全力を受けているのだから。

 しかし、それでもミケラルドへ視線をやる余裕があったのは事実。

 これをワンリルが快く思わなかった。


「余裕ぶっていられるのも今の内だ!」

「っ! これは……風魔法?」


 直後、シギュンに強烈な一撃が放たれる。


「速いっ!」


 かろうじてかわしたものの、シギュンの髪がはらりと落ちる。


「へぇ、木龍クリューと同じで風の土台を踏み台にしたのか。ワンリルも成長してるじゃん」

「ちょ、呑気のんきに言ってる暇があったら助けなさいよ!」


 ワンリルは最早もはや移動砲台と化した。

 流石のシギュンと言えどもこれをかわし続けるのは難しいか。だが、シギュンがアーティファクト装備で身体を固めれば、ワンリルといい勝負をするんじゃないだろうか。

 いや、更に強化魔法が加われば勝てる領域にいる。

 やはり、シギュンの実力は侮れないな。

 数か月とはいえブランクがあるとは思えない動きだ。

 しかも、この若さで。


「ふむ……」

「ちょっと貴方! 聞いてるのっ!? あ――」


 遂に訓練用のミスリルの剣が限界を迎える。

 剣が折れ、ワンリルの牙がシギュンに迫ったその瞬間――、


「ほいワンリル、そこまで」


 俺はそう言ってワンリルの鼻先を優しく受け止めてやった。

 ピタリと止まった突進に、ワンリルとシギュンが息を呑む。


「ミ、ミケラルド様……」

「もういいよ。パーシバルのところに戻りな」

「は、はい!」


 そそくさとパーシバルの下に向かうワンリルを横目に、俺はくるりとシギュンに向き直って聞いた。


「どうしたんですか? あ、そうだ。これから女狐狩りに行くところだったんですよ? ご一緒にいかがです?」


 言うと、シギュンは落ち着きを取り繕うようにすんと鼻息を吐いた。


「……その女狐が誰なのかで答えは変わると思うのだけれど?」

「悪い女でね、特に性格が」


 と、そこまで言うと、シギュンがピクリと眉間に皺を寄せた。


「私も性格の悪い男に付け狙われててね、困ってたところよ」

「それは酷いですね。何かお手伝い出来る事があれば言ってください」

「そう、じゃあ命でももらおうかしら――っ!」


 そう言うと、シギュンは折れたミスリルの剣を俺に向けた。

 当然、俺はそれを避ける必要がなかったので、真正面から受けた。そう、喉で。


「っ!?」


 折れた剣とはいえ、喉元に突き刺さらない衝撃の絵を見て、シギュンちゃん絶句。

 俺は喉をさすり、シギュンに聞く。


ひげは生えていなかったと思うんですけど?」

「……どういう身体してんのよ」

「とりあえず五色の龍全員を相手にしても死なない程度には」

「とんだ自慢ね」

「客観的事実と控えめな自己評価ですよ」


 俺は手をひらひらさせてそう説明するも、シギュンは煙でも払うかように理解を拒んだ。


「そういう事は聞いてないの」

「ははは、相変わらずですね。あ、諸君、今日の出動はなくなったから解散していいよ」


 俺は振り返り暗部の連中に向かって言った。

 だが、奴らはその場から一歩も動かず聞き耳を立てていた。

 丸見えである。暗部という言葉が神々しく照らされているかの如く彼らは堂々と俺たちを監視していた。


「ええい、押すなナガレ!」

「五月蠅いんだよサブロウ、特等席はアタシって決まってるんだよ!」

「ミケラルド氏がシギュンちゃんを口説き落とすのに白金貨一枚。賭けるかい、ノエル君?」

「カンザスさんが反対に賭けるのでしたら乗ります」

「ひひひひ、たまの息抜きには悪くない見世物だな、ホネスティ」

「メディック殿の感性は理解出来ませんが、私としてはミケラルドの弱点を探すという点で注視していきたいところです」

「うーわ、皆性格悪過ぎ。ワンリル、ほら帰るぞ」

「まず立ってから言え、パーシバル」


 ち、暗部ミーハーたちめ。

【血の呪縛】でヤツらを帰そうとも思ったが、シギュンは元同僚だし、見守りたい気持ちでもあるのだろうか。

 まぁ、そんなヤツらじゃない事は明白だけどな。

 俺は深い溜め息を吐いた後、再びシギュンに聞いた。


「それで、どうしたんですか? まさか本当にミナジリ共和国に来るとは思ってませんでしたよ」

「遊びに来いって言ったのはそっちでしょう」

「え、まさか本当に遊びに来たんですかっ?」


 俺が聞くと、シギュンはバツが悪い表情をして顔を背けた。

 すると、暗部はいごからナガレの「今だよ、押し倒しちまいな!」という野次やじが飛んできた。

 俺がギロリと睨むと、ナガレの視線は明後日の方へ流れていった。


「…………したでしょう」

「え? すみません、聞こえませんでした」

「だ、だから……その……」


 何だこのもじもじシギュン。


「約束……したでしょう?」

「約束? ……はて?」

「だから、貴方が欲しがってたでしょうっ!」


 俺が欲しがってたものとは、一体?

 俺が首をひねっていると、シギュンは今回の女狐狩りの目的と併せて、答えを示してくれた。


「ご……ご褒美……」

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