◆その824 一応の終止符3
右手にはライゼン聖騎士団長。
左手にはクリス聖騎士副団長。
背後には元神聖騎士オルグ。
そして正面には――法王クルス・ライズ・バーリントンと、その妻アイビス皇后。
法王クルスを暗殺しようとした罪は非常に大きく、グラント王子、セリス王子も傍に控え、多くの貴族に囲まれた男ゲバン。
一人娘のオリヴィエ姫もまた、末席ながらもその様子を見守る。
「酷い有様だな、ゲバン」
クルスが冷たい言葉を述べる。
ゲバンは俯いたまま、その言葉を聞いていた。
顔はやつれ、髪はボサボサ。憔悴のゲバンに父クルスを見返す気力はなかったのかもしれない。
しかし、次なる言葉がその顔を上げさせた。
「お前は私を暗殺しようとし、ミナジリ共和国という強大な国家に対しても牙を剥き、民衆を不安へと陥れた。大罪人クイン、シギュンを利用し、あまつさえ法王国で禁止されている奴隷契約を用い画策した国家転覆罪。これは一人の人間として、一人の男として、一人の父として、法王として……断じて許せる問題ではない。後の歴史がどう語ろうとも、お前が血を分けた息子だろうとも、私はこの選択が過ちだとは思わない」
そう前置いたところで、クルスは告げた。
父親ながらも法王として、法王ながらも父親として。
「我クルス・ライズ・バーリントンは、第一王子ゲバン・ライズ・バーリントンを死刑に処す……!」
バッと顔を上げるゲバン。そこには既に父の顔はなく、ただ息子に責任と制裁を加えるためだけの鬼が立っていた。
「嘘だ……」
ただゲバンの否定の言葉だけが謁見の間に響き渡る。
しかし、それを聞き入れる者はいない。
「嘘だ、嘘だっ、嘘だっ! 俺を殺すだと!? 血迷ったか父上!? 暗殺未遂ならばミナジリの吸血鬼もしただろう! 奴が国外追放で何で俺が死刑なんだ!?」
「ミケラルド殿は法王国を守るがため過度な魔力を放出し、一時的にその魔力を制御出来なかった。その余波の先に私がいただけに過ぎない。謂わば、完全なる事故だ。それは私も認めるところであり、多くの証言者がいる。しかし、お前の場合は別だ。入念な準備と私を軍部から遠ざけ、あまつさえ魔王討伐のためにガンドフで造ろうとした勇者の剣製作を断っていたそうだな。ガンドフ、ミナジリ共和国から報告が届いている。これは法王国の民だけではない、明確なる人類への裏切り行為である。私腹を肥やし、人とあるまじき非人道的な所業の数々、どれも正当化出来るものではない。それとも、ミケラルド殿とお前の器の違いから説明せねばわからぬか?」
「くっ……!」
突き放したクルスが再度告げる。
「絞首による執行は明後日。アイビス、何かあるか?」
すると、アイビスがクルスに小さく頭を下げて言った。
「一つお忘れでいらっしゃいます」
「む? あぁ、そうだったな」
思い出した様子でクルスが再度ゲバンを見る。
「本日この場を
「なっ!?」
「わかるか? つまりお前は王子としてすら殺さぬという事だ」
わなわなと震えるゲバン。
みしみしと歯を鳴らし、今にもクルスに飛び掛かりそうな表情を前に、クルスが再度告げる。
「明後日だ……それまでに
「猶予?」
ピクリと反応するゲバンだったが、
「連れていけ」
クルスはそれに答える事はなかった。
ゲバンは、ライゼン、クリス、オルグによって牢獄へと向かった。本来、王位継承権を持つ者であればその対応も違う。まるで貴賓室のような場所に閉じ込められるものだが、今のゲバンは違う。他の罪人と同じように地下牢獄へと押し込められたのだった。
牢に入れられた直後、ゲバンはミスリルの鉄格子を掴む。
しかし、その手にはミナジリ製の手錠が掛けられたまま。
「ライゼンこれを外せ!」
威嚇するように怒鳴るゲバン。
しかしライゼンは首を傾げながら答えた。
「たった二日でしょう? 気にする事ではありません」
「貴様……っ! クリス!」
次に妹のクリスの背に怒鳴りつける。
振り向いたクリスが一瞥するように言い放つ。
「申し訳ありません。鍵はミナジリ共和国に置いて来てしまいました」
義理とはいえ兄妹の言葉とは思えない発言。
しかし、ゲバンはそれだけの事を起こしてしまった。どうしようもない程に。
「オルグ!」
「一般牢とはいえ無人の区画を選びました。牢の中にある物が、ゲバン殿の救いとなる事を祈っております」
「……は?」
オルグの言葉を最後に、三人は消えて行き、後に残ったのは、かび臭く質素な獄中に残るゲバンだけ。
「クソ……クソクソクソ……クソがっ!」
悪態を吐きつつも、ゲバンは気がかりだった二つの言葉を思い出す。
「クソ爺とオルグの言葉……」
――それまでに反省の猶予を与える。
――牢の中にある物が、ゲバン殿の救いとなる事を祈っております。
それを思い出した時、ゲバンは牢の中を見渡した。
すると、
何故ならそれは、囚人用の机の中央に置かれていたのだから。
「こ、これは……!」
そこにあったのは何の変哲もない、たった一本の……短剣だったのだ。
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