◆その823 一応の終止符2

 ミナジリ国境線沿いで起きたミケラルドとゲバンの衝突から五日。

 聖騎士団、騎士団が法王国に名ばかりの凱旋を果たした。

 起きた事件が起きた事件なだけに、民衆からの視線は当然歓迎というような状況ではなかった。

 法王クルスの健在公布は衝突の翌日に行われ、アーダインより依頼を受けた炎龍ロイスが、ライゼン騎士団長の下へ報告をした。

 ライゼン自身、ミケラルドから内々で伝えられていたのだが、ようやく部下全員に周知が出来ると知り、肩の荷を下ろしていた。

 凱旋した聖騎士団、騎士団の列の間には、ミナジリ共和国より提供されたオリハルコンの簡易牢があった。

 大き目の荷馬車に轢かれ、道中の安全をとミケラルドが竜騎士団の護衛を付けていた。

 竜騎士団レミリア副団長とドゥムガ。

 特にダイルレックス種のドゥムガが、荷馬車の前を馬で歩く事により、その牢には民衆の注目が集まった。

 牢の中にいたのは――ゲバン・ライズ・バーリントン。

 ミケラルドの拳により大きなダメージを負い、憔悴しょうすいしていたゲバンだったが、民衆がゲバンを見つけるなり彼に向かって石を投げつけた。

 こつん、かつんと牢に当たり、その数から遂に牢の柵を越えゲバンの下まで届く。


「くっ!? や、やめろ!」


 ミナジリ共和国より貸し与えられたオリハルコンの手錠がゲバンの魔力を低下させ、小さな石といえどもゲバンには大きな衝撃が伝わる。


「法王陛下を殺そうとした罰当たりめっ!」

「助けて頂いたミケラルド様に感謝するんだよ!」

「法王国の面汚しが!!」

「お前なんかいなくなっちゃえっ!」


 ゲバンへの非難はホーリーキャッスルまでの道中留まる事はなかった。

 そんな中、ドゥムガの挙動不審が目立ち、レミリアから注意を受ける。


「ドゥムガ、何をそんなにキョロキョロしている?」

「だ、だって俺様ぁダイルレックスだぜ? こんなに堂々と歩いていいのかよ?」

「今回は我々が護送するという大義名分がある。ゲバンに非難が集まる事を見越して、ミケラルド様とロレッソ様が決めた事だ。本当に抜け目のない方々だよ。たった一人とはいえ、公然と魔族を法王国に入国させる。大暴走スタンピードのような緊急性もない護送任務でな。ほら、笑え」

「あぁ!?」


 レミリアが顔を向けた先には、


「カ、カミナじゃねぇかっ?」


 ミケラルド商店の看板店長の一人でありエメラの友人、カミナが【ビジョン】用のカメラを持って手を振っていた。

 馬を歩かせながらレミリアがドゥムガに説明する。


「勿論、大々的にクロード新聞に載せるためだ。良かったな、明日の一面はドゥムガのドアップ写真で決まりだそうだ。ほら、笑え。命令だ」

「な、何で俺様がそんな事!?」


 焦るドゥムガ。その顔には怒気も混在している。


「法王国に入国。ドゥムガ笑う。魔族好印象。そういう事だ」

「そういう事だもどういう事かも関係ねぇ! 俺様はそんな事聞いてねぇぞ!」

「言ってないからな」

「何でだよっ!?」

「言ってたらお前、来たがらないだろう?」

「ったりめぇだ!」

「笑わないとオヤツ抜きだぞ」

「上等だっ」


 唾を巻き散らしながら怒るドゥムガに、レミリアは呆れた様子で溜め息を吐いた。


「仕方ない。使いたくはなかったのだが……」

「あ?」


 レミリアが小型のミケラルド人形を胸元から取り出す。


「あ、ちょっ!」

「失礼します、ナタリー様」


 ドゥムガから悲鳴のようで絶叫のようで悲鳴でも絶叫でもない脊髄反射的な声が漏れ出る。


「ヒァッ!?」


 ここでカミナがパシャリ。

 後に『ドゥムガの嘆き』という撮影作品が、ミナジリミュージアムに飾られる事になるが、それはまた別のお話である。


『あ、カミナから連絡あったみたいだけどそっち付いたみたいだね』


 人形越しに聞こえてくるナタリーの声。


『まだホーリーキャッスルには入ってないよね? 何かあったの?』


 その質問に、レミリアが困ったように答える。


「実はドゥムガが――」

『――ドゥムガが?』


 直後、レミリアの馬に自身の馬を並走させるドゥムガが言う。哀願するように、依願するように、懇願するように、志願するように、出願するように、請願するように、嘆願するように、そして……命を乞うように。


「明日のクロード新聞の事を今レミリアから聞きましてどのようなポーズがいいのか悩んでいてレミリアに相談したところナタリー様に聞くのがベストなのではないかというお話になりましてお忙しいとは知りつつも連絡差し上げた訳でしてはい!」

『レミリア副団長、、、ね。もう一回』

「あ、明日のクロード新聞の事を今レミリア副団長から聞きましてどのようなポーズがいいのか悩んでいてレミリア副団長に相談したところナタリー様に聞くのがベストなのではないかというお話になりましてお忙しいとは知りつつも連絡差し上げた訳でしてはい!」


 血眼になり、激しく息切れするドゥムガを前に、レミリアが目を丸くさせる。


(お、恐ろしい……一体その身に何を刻めば魔族のドゥムガがここまで従順になり得るのか……!?)


 ゴクリと喉を鳴らすレミリアをよそに、【テレフォン】越しのナタリーが無邪気に悩んだ声を漏らす。


『ん~、親指立てて笑っておけばいいんじゃない? あ、牙はあんまり見せない事! わかった?』

「流石はナタリー様! 魔族の牙は人間にとって恐怖の対象ですからね! 控えめに笑いつつもミナジリ共和国の顔になる事を忘れないよう心に刻みたいと思いますっ!」

『うん、それじゃーレミリアも頑張ってねー』

「はっ、失礼します」


 ドゥムガがレミリアを睨みつつも、カミナに視線を向ける。


「それじゃあドゥムガー! 笑ってー!」

「にかり」


 ドゥムガ史上最高の満面の笑み。

 翌日、その写真はボツになった。

 ボツの理由は、ミケラルドとナタリーによる「なんか違う」という発言によるものだと、当のドゥムガは知らない。

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