◆その822 一応の終止符1
シギュンを見張るルーク・ダルマ・ランナーが隠れ家として利用していたのは、かつてシギュンの
そこで優雅にお茶を楽しむルークと、仏頂面のシギュン。
「不服そうですね」
「何が、かしら?」
「ゲバンですよ、ゲバン」
シギュンもまた、ルークと共にミナジリ共和国の国境線沿いでの一部始終を見ていたのだ。
「まぁそうね」
肯定するシギュンに、ルークが残念そうに言う。
「私の生オーディオコメンタリー付きだったのに?」
「酷い実況だったわ。特にクルス暗殺の時の――」
「――『あれ! あれ私なんですよ!』ですか?」
「その後よ」
「その後? ……あぁ、『顔の造形とヒップラインには
テーブルで指をトントンと鳴らし、苛立ちを見せるシギュン。
「その前よっ」
「前? あ、あれですか? シギュンさんの声で『おじゃましま~す。あら素敵な殿方……ぽっ』って言ったやつですか」
「それよ!」
立ち上がり不満を露わにするシギュン。
「いいじゃないですか。ここは一つ、私に免じて」
「免じる部分がどこにもないって気付いてて言ってるでしょう?」
「まぁ、シギュンさんになら何言っても許される風潮ってあるじゃないですか。世の中的に」
「他の誰に何を言われても構わないけど、貴方だけは絶対に嫌」
「私が一番被害を
「奇遇ね、私も貴方に一番悩まされてるわ」
「それじゃあ
そう言った後、ルークはまた口にお茶を運ぶ。
呆れたシギュンが、落ちるように椅子に腰を下ろし、ルークの顔をじっと見た。
「そっちは何故か満足気ね」
「意外でもなんでもないんですけど、大事にされてると実感できたもので」
「それはよかったわね」
「でも意外でした」
「何が?」
「アリスさんがあのタイミングで出てきた事が、です」
「そんなの簡単な話でしょう」
「え? そうです?」
「自分の大事な人が世界から非難を浴びる事、その手で人を殺める事を見るのは辛いでしょう。特に聖女の年頃ならね」
そこまで言ってシギュンが気付く。
何故かルークが目を丸くして自分を見ている事に。
「……な、何よ?」
「いや、シギュンさんって人の心がわかる人だったんだなー、と」
「ち、違うわよ! そういう心理状況に運ぶための知識があるだけっ!」
バンとテーブルを叩くシギュンに、ルークがくすりと笑う。
「ははは、でもそうですね……アリスさんのはそういう事じゃないと思うんですよね」
「どういう事?」
「あの人は根っからの聖女ですから。私の事も考えてくれてはいたんでしょうけど、やはりゲバンの事も捨てきれなかったんだろうってのはあったんじゃないかと」
「呆れた」
「え?」
首を傾げるルーク。
「それでよく元首なんて務まるわね。それなら幾分かクルスの方がマシなんじゃない?」
「クルス殿は最初から優秀ですよ。法王国が大きくなり過ぎただけです」
「言うじゃない」
「法王国が大きくなったがために闇ギルドが生まれたんですよ。お父上から受け継ぐ前から根深く存在してたんですから、引っこ抜くなんて至難の業ですよ」
「そうね、エレノアも前代の法王の方が楽だったとは言ってたわ」
「でしょう?
「相手が世界有数の権力者という事を除けばね」
「まぁそれは運が悪かったとしか言えませんね」
苦笑するルークを前に、シギュンが頬杖を突く。
「さっきの話だけど」
「ん?」
「聖女は聖女であると共に女でもあるのよ」
「まぁ聖女っていうくらいですからね」
そうあっけらかんとルークが言うと、シギュンは額を抱えてしまった。溜め息付きで。
「はぁ……ダメね」
「は?」
「いいの、こっちの話だから」
「はぁ……そうですか」
ルークが渋々納得すると、シギュンが話題を変えるように言った。
「それで、私はこれからどうなるの?」
「何も? ご自由にして頂いて結構です」
「ちょっと貴方……正気?」
「正気ですよ。自首するも良し、逃亡するも良し、ミナジリ共和国に遊びに来るも良しです」
「自分が何を言ってるのか、本当にわかってるの?」
「えぇ、出来れば何もせず反省して生きてくれる事を望んでますけどね」
害意を示さないよう、ルークは小さく手を広げてそう言った。すると、それを隙と見たシギュンが動いた。
テーブルにあった金属を手にルークに向けたのだ。
「ティースプーンですよ、それ」
「目玉をくり抜くくらい出来るわ」
「すみません、最近の流行に疎いもので」
「どこまでも馬鹿にするのね」
「先程、シギュンさんは私に『正気?』と聞いたようでしたが?」
「…………本当に見逃すつもり?」
「そもそも私はこの法王国ではまだ自由に動けないんですよ。個人的にシギュンさんを連れ帰ったら外交問題になってしまいます。だから、ここからはシギュンさんの意思次第という事になってしまうんです」
ニコリと笑ってルークが言うと、シギュンは黙ったまま背を向けた。
そして、去り際に一言だけ残したのだ。
「これ、貰ってくわね」
「ティースプーンですからね、それ」
消えたシギュンに小さく手を振ったルークが、新しくお茶を注ぐ。そして「あー……」と声を零したのだ。
「しまった、ミルクをかき混ぜてからあげるんだった……」
シギュンが闇に紛れたその晩、法王国では重大な事件が起きたのだった。
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