◆その821 立ちはだかる聖女

 腕を大きく開き、まるでゲバンを庇うように二人の間に入った聖女アリス。


「……何のつもりですか、アリスさん」


 ミケラルドの言葉に、アリスは口をぎゅっと結ぶばかり。

 震え、顔を引き攣らせるアリスを前に、ミケラルドは困り顔を浮かべる。


「その方はやっちゃいけない事をされました。それを庇うという行為がどういう事なのか、本当にわかっているんですか?」


 そんなミケラルドの質問も、答える様子はない。

 アリスを前に、「う~ん」と唸ったミケラルドはそのままそらを見上げた。そして、目の端に映る【ビジョン】を見て、小さな溜め息を吐いたのだ。


(世界向けの【ビジョン】を起動したのが仇となった……かな)


 ここでミケラルドはアリスの行動に後悔を感じた。

 アリスを避け、ゲバンを殺す事は今のミケラルドにとってはたやすい事。しかし、アリスは一般人ではない。【聖女】なのだ。聖女として名が売れているアリスの制止を聞かないという選択肢は、ミナジリ共和国にとって遠からぬ未来大きな損失となる。

 ゲバンという実害よりも、聖女アリスからの信頼を取る事の方がミケラルドにとっては正解。しかし、ゲバンの存在は今後にとっても大きなリスク。ほんの少しだけアリスに傾いているだけというこの状況。

 ならば――、


『……困りますよ、アリスさん』


 そう、世界にバレない【テレパシー】という行動がこの場にとっての最善。


『クルス殿やアイビス殿にとってゲバンは実の息子、たとえ法王国に帰ったとしてもゲバンはそれを利用し多くの不幸を法王国にばらまきます。頭のいいアリスさんの事です、それくらいはわかっているでしょう?』


 その問いを受け、アリスはようやく口を開いた、、、、、


「……ダメです」


【テレパシー】ではなく、アリスが返したの大きくはなくとも、【ビジョン】が拾うような芯のある声だった。


『一体何がダメなのか……』


 ミケラルドの意思が変わる事はなく、アリスへの返答は密談テレパシーでのものだった。


「ダメです……!」


 強気とも、意地ともとれるようなアリスの拒絶。

 言葉を選ぶ訳でもない。ただ一言、それを口にしてミケラルドに訴えかけるような目をして。


『お願いします。どいてください、その悪人はここで摘んでおかなくてはなりません』


 ミケラルドも説得を諦める様子はない。


「ダメです……ダメなんです!」


 首を大きく振り、かたくななアリス。

 遂には、ミケラルドに苛立ちが見え始める。


「くっ……!」


 表情こそ崩さないものの、ミケラルドの行動には変化が見えていた。頭を激しく掻き、大きな溜め息を吐く。行き場のない苛立ちを何とか自分で収めているようなその状況に、遂に仲間が駆けつける。


「ミック」


 最初にミケラルドの肩に手を置いたのはジェイルだった。


「……何ですかジェイルさん? まるで私を止めにでも来たかのようですね?」


 ジェイルは一度アリスをちらりと見た後、すんと鼻息を吐いてから言った。


「すまないがその通りだ。今回はアリスの肩を持たせてもらう」

「っ! どういうつもりですか? 事前にそうすると説明し、納得済みの事だったじゃないですか……!」

「…………すまん」


 ジェイルの謝罪がミケラルドの顔を歪ませる。

 次に空から現れたのは、【魔導艇】から降りてきたリィたんだった。


「ミック」

「リィたん……?」


 リィたんはミケラルドの両肩を優しく掴む。


「まさか……リィたんも?」


 そんな力ない言葉に、リィたんはバツの悪そうな表情をした。

 だが、そんな表情を追い出すように顔を振った。


「さっき聞いたばかりじゃないか……」


 ミケラルドの決行の意思を再確認したのはリィたん。

 そのリィたんも賛成をしていた。

 たった数分の掌返しに、ミケラルドも動揺を隠せないでいる。

 リィたんは、言葉を選びながらミケラルドを諭す。


「私がやるのと、ミックがやるのでは意味が違う……と、私は思う、ぞ?」


 それを受け止める事が出来ないミケラルド。

 すると、リィたんもまたアリスをちらりと見た。

 そして再びミケラルドに言ったのだ。


「アリスも言っている……らしくない、、、、、と」


 それを聞き、ミケラルドの顔がハッとする。

 アリスとリィたんの交互に見、


「っ!」


 気付けば、気付かぬまま接近したナタリーに手を取られていた。ミケラルドの手をぎゅっと握り、ナタリーが呟くように言う。


「帰ろう、ミック」


 諫める訳でも、止める訳でもない。

 ナタリーはただ優しくそう言った。

 アリスの隣には、いつの間にか勇者エメリーも立っていた。


「ミケラルドさん……どうか……」


 訴えかけるアリスと、願うように俯くばかりのエメリー。

 皆の顔にはミケラルドに対する大きな信頼があった。


「まったく……二人来ちゃったら、こうするしかないじゃないですか……」


 それを無碍にする訳にもいかず、ミケラルドは行き場のないソレの代わりであるかのように、右手に魔力を集中させた。


「「っ!?」」


 揺れる大地に皆の顔に不安が浮かぶ。

 しかし、すぐにそれは杞憂だったと知る。

 大峡谷の底が、ミケラルドの【土塊操作】によってせり上がってきたのだ。

 まるで、ゲバンの護送路を造るかのように。

 そして、長き深い溜め息を吐いた後、ミケラルドは高らかに言い放つ。


「法王国軍!」


 その一言に皆の緊張が走る。


「……ゲバン・ライズ・バーリントンに…………厳正なる処分を!!」


 ミケラルドが矛を収めたとわかった時、アリスはへなへなと崩れ落ちてしまった。エメリーはそれを支えながらホッとした様子でくすりと笑う。

 そんな二人の背中を叩いたのは、法王国軍だった。

 ライゼン聖騎士団長、アルゴス騎士団長が叫ぶ。


「「法王国軍!! ミケラルド・オード・ミナジリ様に敬礼っ!!」」


 それは、示し合わせた訳でもなく、命令されたからでもなく。

 ただミケラルドに対する敬意を心に抱き、ただミケラルドに対する感謝を心から抱いた結果だった。


 ――ミナジリ暦二年、十一月二十九日未明。


 ミナジリ共和国と法王国の小さくて大きな戦争には、一応の終止符が打たれたのだった。

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