◆その820 絶対的制裁8

「はっ……はっ……はっ……!」


 大地がどろりと溶け、眼前に突如現れた大渓谷は、魔導砲の威力を物語る。ゲバンは自身に向けられた殺意を目の当たりにし、激しい動悸に襲われていた。

 灼熱の陽炎が未だ残る中、腰が抜け、憔悴しきっているゲバンの様子をニコニコと眺めるミケラルド。


『リィたん、ありがとう。かなりどぎついデモンストレーションだったけど、これで【魔導艇】の存在は世界に知れ渡っただろうね』

『あ、あぁ……そうか。うむ』


 リィたんも、未だあまりのショックから解放されていない様子。ミケラルドはこれに苦笑し、ポリポリと頬を掻く。


『ははは……とりあえず【魔導艇】はそのまま待機。後は俺が……』

『わかった。しかし、本当にいいのか?』

『……うん、仕方ないからね』

『そうか、ミックが決めた事ならば仕方ない……ただ、ミックらしくもないがな』

『やっぱりそう思う?』

『ふっ、私の戯れ言だ。そもそも私はミックの案に賛成だしな』

『でも、俺がやると違う……と?』

『そういう事だ』


 リィたんとの【テレパシー】を終え、ミケラルドが徐々に降下して行く。

 大地に降り立ったミケラルドの着地音が、ゲバンを現実へと押し戻した。コツコツと靴音が響き渡る。

 魔導砲の余韻はそれ程大きく、現在この戦場で動いているのはミケラルドだけだった。

 ミケラルドの接近が、ゲバンの顔を凍らせていく。

 真後ろまでやって来たミケラルドは、そこで立ち止まる。


「……っ!」


 バッと振り返るゲバン。

 腰を落とし、身体には過剰とも言える魔力を覆っている。


「ふっ……ふっ……み、認めん。俺は認めんぞ……!」

「あぁ、そうですか」


 言いながら、ミケラルドは腕を払う。

 直後、強烈な突風と共に、ゲバンの魔力が吹き飛ばされる。


「な……くっ!」


 再び魔力を纏うゲバン。

 しかし、ミケラルドは何度も何度もそれを払い、消し飛ばしてしまう。

 ゲバンは攻撃すら許されず、防御すら許されず、遂には立つ事すら許されない状況まで追い込まれてしまった。


「はぁはぁはぁ……」


 法王クルスと同等に近い魔力を保有していようとも、その魔力には限界がある。ミケラルドによって何度も吹き飛ばされた魔力が戻る事はない。俯き、肩で息をするゲバンに、ミケラルドが声を掛ける。


「そろそろよろしいでしょうか?」

「な、何っ!?」


 顔を上げたゲバンの視界に映ったモノ――それは、ミケラルドが愛用しているオリハルコンの打刀うちがたなだった。

 氷の如き青白い発光をする凶器を前に、ゲバンの肩が震える。


「お、俺を殺す気かっ!?」

「はぁ?」


 呆れた様子で言うミケラルド。


「ミナジリ共和国に牙を向けておいて何もされないと思ったんですか?」


 これが、リィたんが「らしくない」と言ったミケラルドの決断。そう、ミケラルドはゲバンという男の人生を終わらせるつもりなのだ。

 イヅナ、エメリー、アリスはかつて感じた事のないミケラルドの殺意に大きな動揺を見せている。


(それでいいのか、ボン……?)

(ミケラルドさん……本当に怒ってる。ううん、ゲバン様はそれだけの事をした。多分……ミケラルドさんは法王陛下やアイビス様には出来ない事を代わりに……)


 イヅナ、エメリーの思いをよそに、ミケラルドがまた一歩ゲバンに近付く。


「お、おおお俺は! 法王国第一王子――」

「――それは免罪符めんざいふになり得ません」

「次期法王となる俺が――」

「――クルス殿が錯乱したとしても許可しないでしょうね。むしろ、これだけの大事だいじを引き起こしておいて、まだなれると思っているんですか? どれだけ頭の中お花畑なんです?」

「くっ……カァアアアアアッ!!」


 遂にゲバンは腰元の剣に手を付けた。

 イヅナですら驚く程の抜刀速度。

 しかし――、


「んなっ!?」


 それでもミケラルドは動かなかった。

 ゲバンの剣は斬れず突けず、ただミケラルドの皮膚で止まってしまう。


「くっくそ……!」


 ゲバンは何度も、


「何故斬れんっ!」


 何度も、


「クソ、クソッ!」


 何度もミケラルドに剣を振るった。


「今ご自分が何をされてるかご存知です? 他国の領地で他国の元首に手をあげてるんですよ?」


 ミケラルドが諭すように言うと、ゲバンはハッとした表情でピタリと止まる。振り返ると、法王国軍から集まる冷たい視線。歯をギリと鳴らし、またミケラルドを睨む。


「刃が通らない事はわかりましたね? 魔力もありませんね? ではもういい加減醜態を晒すのはやめたらいかがでしょう?」

「醜態……だと!?」

「クルス殿なら……まぁ、クルス殿ならそもそもこんな事しませんけど。これだけの悪行の証拠、明確な殺意。あのね、普通なら潔く首を差し出すんです」

「お、俺に首を差し出せだと!?」

「仮にも軍の将軍だったんですよね? ケジメの取り方ってものがあるでしょう」

「黙れっ!」


 激昂するゲバンとは対照的に、ミケラルドは冷静沈着だった。同時に、これまで見せた事もないような冷たい瞳になっていた。


「これが最後の忠告です。頭をれ、首を前に」

「黙れ黙れ黙れぇぁああああああああっっ!!」


 ゲバンは再びミケラルドに斬りかかった。

 しかし、ミケラルドもされるがままではない。

 斬られる前に、ゲバンの右頬に強烈な拳を放ったのだ。


「ぐはっ!?」


 水面を跳ねる石の如く吹き飛ばされるゲバン。


「利き手だったら死んでましたよ」


 ピクピクと痙攣けいれんするゲバンに向かい、ミケラルドがまた歩を進める。

 打刀うちがたなをすらりと構え、法王国軍、全世界に見えるように振舞った。

 心を殺し、ゲバンを殺す。

 それがミケラルドに出来る最善だった。

 しかし、それをとしない者がいた。


「っ!」


 倒れるゲバンとミケラルドの間に立った者、それは――、


「……何のつもりですか、アリス、、、さん」

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