◆その819 絶対的制裁7

 世界へ映し出された衝撃の映像。

 法王クルスは私室に映る白炎を固唾を呑んで沈黙していた。

 オリヴィエの父への決別の思いも、アイビスの息子への憤怒も、今は完全に時が止まってしまっていた。


「あ、あれはもう……人間が手に追える代物じゃない」


 クルスがようやく絞り出した言葉も、映像への拒絶に近いものだった。肩が震え、乾いた唇。あまりの衝撃に、クルスは崩れるように椅子へ腰を落とした。

 そして額を抱えながら、小さく零すように言った。


「ははは……今後百年をもってしても、法王国を含めた全世界は、ミナジリ共和国に弓引く事はないだろうな」

「クルス……」


 アイビスの心配そうな目も、いつもの調子に戻ったクルスに交わされる。


「何、世界のリーダーと言われていた国が変わるだけだ。あの技術力があれば、世界は大きく変わる。いずれとは思っていたが、まさかこんなに早くその時が訪れるとは思わなかっただけだ」

「世界はミナジリ共和国の庇護下にあるという事かのう」

「ミックが心変わりしない事を祈るしかない。ミナジリ共和国にはナタリー殿を含め優秀な人材が揃ってはいるものの、ある意味ではミックの人徳、人望でもっているようなものだからな」


 それを聞いていたオリヴィエは、これまでずっと握りしめていたドレスのスカートをパッと放し、クルスに言う。


「おじい様……いえ、法王陛下」

「ん? どうした、オリヴィエ?」


 改まったオリヴィエを見て、クルスもアイビスも首を傾げる。


「お話があります……!」


 それは、よわい十三歳を迎えたばかりの少女が見せた、覚悟の表情だった。


 ◇◆◇ リーガル国 ◆◇◆


「……参ったな」


 自室で魔導砲の映像を見ていたブライアン王が顔を揉む。

 隣のサマリア公爵ランドルフも、王商おうしょうドマークも同じ反応を見せていた。


「陛下、これは【魔導艇】レンタルの件……しばらく様子を見た方がいいかもしれませんな」

王商おうしょうとして言わせて頂きます。私もサマリア公爵と同じ感想を抱きました」


 そんな二人の言葉を受け、ブライアンはテーブルにあった酒を一気に空けた。

 そして口の端から零れた酒を袖で雑に拭うと、また困った顔を浮かべて顔を揉んだ。


「で、あろうな。まったく、ミックも困ったものを貸しだそうとしてくれる。あれは国を、世界をも滅ぼし得る諸刃の剣だ。いくら能力を制御しようとも、持った人間の心が制御出来ねば意味を成さない。さて、どうしたものか……ドマーク、何かあるか?」

「ふむ……こちらから条件を提示するのはいかがでしょう?」

「あれだけの兵器、条件を付けるのは向こう側ではないか?」

「そうですなぁ……たとえば輸送用の乗り物として借り受けるなどいかがでしょう?」

「武装解除した状態で借り受けるだけならば、確かに世界からの非難も少ない……か。ミックの事だ、それくらいは予想しているかもしれないな。ランドルフ」


 ランドルフがひざまずく。


「はっ!」

「ドマーク」

「はっ!」

「ラファエロと共に、【魔導艇】の視察を綿密に行え。仕様書の一字一句見逃すな。あの力の一端を手にするという事、努々ゆめゆめ忘れずに行動せよ!」

「「ははっ!」」


 ◇◆◇ ◆◇◆


 ドワーフの国ガンドフでは、ウェイド王が映像を背に、目に見える魔界の関所を見つめていた。


「【マイン、、、】」

「は、ここに」


 ウェイド王の後ろに現れた女は、かつて真・世界会議の際、ウェイドのサポートに付いていた女ドワーフだった。


「ミナジリ共和国と同盟を結びたい。一刻も早くな」

「元老院の承認が必要です」

「あの爺、婆連中が急かしてた問題だ。承認ならすぐ出せるだろう。国としての成長を待つつもりでタイミングを見計らっていたが、あの国はどうも最初から前しか見てないようだ。ふっ、隣の国の顔をうかがっていた自分が恥ずかしいな」

「かしこまりました、すぐに元老院に招集をかけます」

「この一件が終われば、聖女アリス、勇者エメリー、そしてミケラルド殿がガンドフに入る。対応はマイン、お前に任せるつもりだ。頼んだぞ」

「はっ!」


 ◇◆◇ ◆◇◆


 シェルフのローディ族長が疲れを見せるように、どっと椅子に腰を下ろす。それを心配そうに見つめる息子ディーンとその妻アイリス。

 傍にはバルトが控えている。


「世界が動くな。大きく、大きく……な」

「と、言いますと?」


 ディーンが聞くと、ローディはバルトに向かって「地図を」と言った。中央のテーブルに置かれた地図を前に、ローディが静かに語る。


「法王国はときの番人などの闇ギルドの一件、大暴走スタンピード、ゲバン殿の内乱鎮圧により、ミナジリ共和国に対し、頭が上がらない状況。大暴走スタンピード時のミケラルド殿の暴走――法王暗殺未遂事件という過去がありつつも、その功績は大きい。その法王国を西に置き、北に魔界という悩みの種を持っていたガンドフもミナジリ共和国に取り入るよう動くだろうな。さて、問題はリーガル国だが……あの国はミケラルド殿と一番交友が深く長い国なだけあって、動きも早いだろう。あの【魔導艇】……サマリア港を切り開いて造船所を造っていたのはミナジリ共和国で間違いない。とすれば、隣国という事、土地の貸し出しもあり、大きな恩恵を受けている可能性が非常に高い」

「……シェルフはいかがしましょう」


 そんなバルトの言葉に、ローディはディーンとアイリスに視線をずらした。

 そして、観念したように、確認するように言ったのだ。


「メアリィに連絡を。先のミケラルド殿との婚姻……本気なのか今一度確認したい。場合によっては聖騎士学校を辞め、ミナジリ共和国のシェルフ大使に戻ってもらう必要があるな」


 たった一隻の【魔導艇】、たった一発の【魔導砲】は、世界のバランスを大きく動かしていくのだった。

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