◆その816 絶対的制裁4

「魔導艇……ミナジリ……だとっ!?」


 ゲバンの目の焦点は合っていなかった。

 否、どこを見ればいいのかさえわからぬ程の大きさ。


(船が宙に浮くなど……それにこの大きさ、ミナジリ共和国は既にこれ程の技術力を有していたというのかっ!?)


 ゲバンの驚き、法王国軍の驚き、世界中が驚きに満ちた瞬間だった。

 リーガル国王ブライアンとサマリア公爵ランドルフはニヤリと笑い、シェルフのローディ族長は目を見開いて驚愕し、ガンドフのウェイド王は玉座から転がり落ちた。

 そして、オリヴィエが映る映像からも男の声が漏れる。


『……何あれ?』


 映像外から漏れ聞こえた声に対し、アイビス皇后がキツイ視線を向ける。すると、「ごめん」という小さな謝罪があった。しかし、そんな声など皆には聞こえていない様子だった。

 巨大などという言葉すら小さく見える山の如き船。


「ほっほっほ、ボンにはいつも驚かされてきたが……これはちと予想外だな」


 イヅナが顎を揉みながら感嘆の声を漏らす。


「うわぁ……凄いなー、乗ってみたいなー」


 と、目を輝かせる勇者エメリー。


「こ、これがミケラルドさんの言ってた『面白いもの』……?」


 開いた口が塞がらない聖女アリス。

 数多くの複合魔力変換機能――通称【ミナジリシステム】を搭載した【魔導艇ミナジリ】は、にもかくにも、世界中から様々な反応を引き出した。

 日中だというのに夜のように深い闇に覆われた国境線沿い。

 大地に向かって光魔法【ライト】を向けられ、その中心にゲバン。

 唖然とするゲバンを前に、ミケラルドが衝撃の発言をする。


「これより、当ミナジリ共和国は、ゲバン・ライズ・バーリントンを敵とみなす!」


 これまでの経緯、提示された証拠、証言、更には法王国軍がミナジリ共和国の国境線まで迫ったという事実。


「なっ……!?」


 ゲバンの顔が青白くなる。

 これが何を意味するのか、それを目の当たりにしていたイヅナはすぐに気付く事が出来た。


(……なるほどな、ここまでゲバンを引きずり出し、証拠を揃えた事で法王国軍はミナジリ共和国の敵であると世界に断定させたのか。赤子でもわかる紙芝居のような状況説明。最早もはや、法王国軍の言い訳は通じない。ミナジリ共和国に罪を着せ、攻め滅ぼそう、、、、、、としている軍が我々の目の前にいるのだから……。見事だな、ボン)


 そう考え、イヅナは宙で腕を組むミケラルドを見上げた。

 直後、世界に向け、法王国軍に向け、拡声の魔法を通して命令の如くミケラルドは言い放った。


『法王国軍に告ぐ! 我がミナジリ共和国は、法王クルス・ライズ・バーリントンと深き交友を結んできた! たとえ第一王子といえど、このような所業を見過ごす訳にはいかない! ましてや、祖国の民の自由を侵害、祖国を土足で荒らすような粗暴な輩を許す事など断じて出来ないっ! これよりミナジリ共和国軍は、実力を行使し、法王国軍を捕縛する! 一歩でもその場を動けば容赦なく攻撃を加える! だがしかし! ミナジリ共和国の未来あすを! 法王国の未来あすを願うのであれば、しばらくの辛抱をして欲しい! その場合、我々は隣人の如き友愛をもって交渉に応じる用意があるっ!!』


 そう言い切った後、ミケラルドのその言葉を待っていたかのように騎士団、聖騎士団が動いた。


「全騎士に告ぐ! 待機! 待機だっ! 決して動いてはならん!!」


 騎士団長アルゴスが指示し、


「聖騎士団も待機だ! 動いた者はこの私が首を跳ねるぞっ!!」


 聖騎士団長ライゼンがそう叫んだ。

 この動きにゲバンがバッと振り返る。

 自軍のあまりにも統制された動きに、驚愕したのだ。


(軍の統括は俺のはず……! 何故勝手な指示がっ!? っ! まさかっ!)


 慌ただしくもゲバンはまた空を見上げた。

 そこにはゲバンを見下ろし、薄ら笑いを浮かべる吸血鬼が一人。


(す、全て……全てあの男の掌の上だったというのかっ!?)


 ギリと歯を鳴らすゲバンに、ミケラルドから最後の言葉が届く。

 オリヴィエの映像を、十センチメートル四方の小さなサイズに変えながらゲバンの下へ飛ばしたのだ。まるで、その映像をゲバンにだけ見せるかのように。

 そこに映っていたのはオリヴィエとアイビス……そして――、


「ほ、法王陛下っ!?」


 そう、映っていたのは法王クルスその人だったのだ。

 しかし、そのゲバンの声を拾う者はいない。

 既にミケラルドが音の遮断を行っていたためだ。

 ゲバンはそれから絶句し、ただ静かに睨んでいるクルスの言葉を待つ他なかった。


『法王陛下? クソ爺じゃなかったのか?』

「いや……あれはその……」

『ライゼンとアルゴスには予め「軍規定に基づき行動しろ」と念押ししておいたからな。今回の件で軍どころか私を裏切った行為は明白。今しがた将軍位を撤廃し、お前の取り巻きもとある友人、、、、、が提供してくれた証拠を突きつけたら色々不正が出てきてな。大人しく縄についたよ。私も私で根回しに奔走ほんそうしていたが、ようやく法王としての権力を使えるまでに状況が安定した、という訳だ』

「わ、私は……俺はミナジリ共和国の短刀なんか指示していなかった……一体何故……!?」

『証拠が捏造されたものだと主張したいのか? であれば証人としてシギュンを立てる必要があるな』

「くっ!」


 睨むゲバンは、既にシギュンがこの世に存在しない事を知っている数少ない人間。他国への侵略行為を否定する証人がいない以上、ゲバンはクルスの言い分を受け止める事しか出来なかった。


『法王として、父として、ゲバン……お前に言える言葉はこれだけだ』

「……」

『自分で蒔いた種は自分で刈り取る事だな』

「くっ!?」


 父から決別の言葉を伝えられ、アイビスからは言葉すらもらえず、ゲバンの怒りが頂点にまで達した時、映像にノイズが走る。

 法王国に繋がっていた映像は「ボン!」と音を立てて爆発したのだ。あまりの出来事に呆気にとられるゲバン。何の被害もない小さな爆発。しかし、世界はそう捉えない。捉えさせてくれない存在がこの場にいるのだ。

 その瞬間を別の【ビジョン】で捉えていたのは……勿論この人。


「ゲバンが攻撃魔法を使用したぞ! 総員戦闘態勢!!」


 後世の歴史家たちは語る。

 ――もしかしたらこの一部始終は、証拠捏造の祭典なのかもしれない……と。

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