◆その814 絶対的制裁2

「オリヴィエ……貴様!」


 憤怒を顔に浮かべ、オリヴィエを睨むゲバン。

 ビクつくオリヴィエだったが、その前に立ったのはアイビス皇后だった。


『それが娘に吐く言葉かえ?』

「……くっ!」

『【ビジョン】に映った其方そなたはクルスの事をクソ爺呼ばわりしていたのう? であれば、わらわはクソ婆かえ?』


 およそ一国の皇后の言葉とは思えない発言だったが、アイビスの気迫は誰にも有無を言わせない程のものだった。

 ゲバンが呑まれ、法王国軍が呑まれる。

 それは各国でも起こっていた。


「怖いな、亡き妻を思い出すかのようだ」


 リーガル国王ブライアンが零し、


「ははははは! クルス殿は尻に敷かれているやもしれんな!」


 ガンドフ王のウェイドが腹を抱え、


「アイリス、ディーンの手綱はしっかり握っておくように」

「はい、お義父とう様」

「ち、父上……」


 シェルフ族長ローディは、アイビスの気迫を息子ディーン義娘アイリスの参考資料とした。

 現場でアイビスの激昂ぶりを目の当たりにしたアリスに、ミケラルドから【テレパシー】が入る。


『元聖女らしいですよ、彼女』

『し、知ってます! いきなり話しかけないでくださいっ!』

『アリスさんもあぁなるんですかね?』

『何でそうやって答えづらい事聞くんですかっ!』

『はははは、まぁこれから面白いものが見られますよ』

『面白いもの……?』

『それじゃ、お邪魔しました』

『あ、ちょっとミケラルドさんっ!?』


 アリスがバッと上空を見上げた時、ミケラルドは皆の視線を誘導するようにオリヴィエの映像の隣にまた新たな映像を映し出した。そこで流された映像は、これまでの全てを説明するかのようなものだった。

 まず最初に映し出されたのは、オリヴィエとゲバンだった。


『ミケラルド・オード・ミナジリ様より、こぶし大のダイヤモンドを法王陛下にと頂戴しました。お父様にはこれを』

『ほぉ? しかし、あのクソ爺のはこれより大きいというのか……それはまずいな』

『えぇ、ですので法王陛下への贈り物は盗賊に盗まれたという事にし、地中に埋めました……』


 これを見た時、オリヴィエの表情が変わる。

 そう、オリヴィエは気付いたのだ。この映像が、ミケラルドと初対面した直後のものであると。


(……何故? 屋敷に取り付けた【ビジョン】はわたくしの部屋のみ。お父様の執務室になんて……それにこれはミナジリ共和国が魔界侵攻を始める前のもの……っ! まさかミケラルド様は……!?)


 オリヴィエが映像越しに見たミケラルドは、うんうんと頷き、笑いながら映像の続きを見ていた。


『そうか、雑ではあるがそれが最適解だろう』

『ですがお父様、もし宝石箱が見つかったとなれば――』

『――案ずるな。たとえ見つかったところで、盗人が隠したと判断するしかない。ライゼンとクリスには気付かれてないだろうな?』

『勿論ですわ。帰路も気になるような事はありませんでした』

『ならばいい。して、ミケラルドに見初められるよう振る舞えたか?』


 百面相のように表情を変えるミケラルド。

 ある時は顔を赤くし、


『どうなのでしょう。謁見の翌日に、ご一緒に食事もしたのですが、どうも取り繕われている感じがして、居心地がよくありませんでしたわ』

『ふん……取り入るのは失敗か。お前、アレを見てどう思った』


 ある時は吸血鬼の顔となり悲しみに溢れ、


『底の見えない方だと思いました』

『魔力が強いだけの魔族如き、ただの木偶よ。今までは猿知恵で上手く立ち回ったようだが、私が法王国の実権を握れば、もうあんな嘗めた態度はさせない。無論、準備は必要だ。お前にはもう何度かミナジリ共和国へ行ってもらう。理由などいくらでも見繕える。その間に何としても惚れさせろ。使えるモノは何でも使え。金、涙、色、何なら寝所に潜り込んでしまえ』


 またある時は、溜め息を吐きながら肩を落とし、


『…………はい』

『好きでもない女と寝て作ってやったのだ、せいぜい役に立て』

『……はい』

『金をかけて育てた分、しっかりミナジリから引っ張って来い』


 最後には白いハンカチを目元に当てながら、憐れむようにオリヴィエを見た。


『はい』

『もう行っていいぞ』

『かしこまりました、失礼します。お父様』


 どのような状況でもミケラルドは一々反応し、ゲバンのオリヴィエに対する扱いがどんなものなのか、明確に感情を露わにした。

 全てが演技だとわかりつつも、オリヴィエはそんな同情を示したミケラルドに深く感謝した。

 俯き、映像には映らぬよう、ぎゅっと口を結び、悲しみを噛み殺した。ドレスのスカートは、ぐいと掴んで既にしわくちゃである。そんなオリヴィエの姿を見て、アイビスの怒りが更に燃え上がる。

 ゲバンを睨む目は、ミケラルドでさえも直視出来ない程だ。


(アイビス、コワイ、ワタシ、カエリタイ)


 ミケラルドが震えながらも次の映像に切り替える。

 次に映し出されたのは――、


『ふん、相変わらず生意気な女だ』


 ゲバンと――


『その言葉、そっくりそのまま返すわ』


 ――シギュン。


『どれだけ痛めつけ、なぶろうとも、その態度を崩さぬのは見上げた精神力だ。流石は元神聖騎士、といったところか』

『わかってないわね』

『何?』

『利用価値があるから私を生かしているんでしょう。あなたがあの牢に来た時から、暴力や凌辱で言う事をきかせる段階はとっくに過ぎてるのよ。躾と称して私を拷問する? あなたの目的のため、肉体的、精神的であれ、私にダメージを残すのは得策じゃないの。たとえ奴隷契約で私を縛ろうとも、全てが私の気分次第って事を理解してないって事よ』


 その後も、シギュンとゲバンのやり取り、シギュンへの暴行が映し出され、ミケラルドはわざとらしく額を抱えた。


「そうかー、奴隷契約かー、気付かなかったなー」


 リプトゥアで失われたはずの奴隷契約を、禁止されている法王国に持ち込んだ事をさりげなくアピールしつつ、ゲバンの罪が公に晒されていく。

 そして、とどめであるかのようにミケラルドはハッと気付いた様子でゲバンを見る。


「ん? これってつまり、ゲバン殿はシギュンを使ってクルス殿法王陛下を殺し、あまつさえその罪をミナジリ共和国に、、、、、、、、被せようとした、、、、、、、……という事なのでは?」


 この時、この瞬間をもって、ミナジリ共和国はゲバン・ライズ・バーリントンを追及する大義名分を得た、、、、、、、のだった。

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