◆その812 絶対的制裁1

 ゲバン私邸が【ビジョン】に映った時、ゲバンの顔は蒼白に染まった。


「ミ、ミケラルド殿――」

「――じゃあ続きをいってみましょう」


 ゲバンの言葉に耳を傾ける事なく、ミケラルドは先を続けた。

 シギュンの動きが再び巻き戻る。

 次に【ビジョン】が映したのは当然、ゲバンの執務室。

 いくつかのやり取りをする前までミケラルドが巻き戻すのは、そう時間はかからなかった。


「おや?」


 映るゲバンの顔、短刀の【ビジョン】越しに聞こえるシギュンの声。


「おやおや?」


 ゲバンとシギュンとの間に交わされたいくつかの会話。


「おやおやおや~?」


 皆はミケラルドの声など聞いていなかった。

【ビジョン】に映るシギュンとゲバンの動向にくぎ付けだったのだ。当然、それはジェイル、レミリア、ドゥムガも同じだった。

 ただ、この行く末を知っているミケラルドと、会話の内容を知っているゲバンだけが、【ビジョン】を観ずにいた。

 ゲバンが震えながらも睨み、ミケラルドが嘲笑あざわらう。

【ビジョン】の中にいるゲバンは、下卑げびた笑みを浮かべながらシギュンに言う。


『時間通りだな』

『……今夜でいいのね』

『クソ爺の警備が手薄になるよう手配しておいた。今夜をおいて他にない』

『それで、法王を殺せばこの奴隷契約は解除してくれるのかしら?』

『結果次第だ』

『上手いかわし方ね』

『聖騎士団にいた頃の貴様のように振舞ったつもりだが?』

『…………行くわ』

『せいぜい上手くやる事だな。殺し損ねればお前の命はない』

『……わかってるわ』


 先程までざわついていた法王国軍から、衣擦れ音すら聞こえなくなった瞬間だった。そのやり取りが全世界で公開され、この時、この場をもってゲバンの信を失墜した。冷ややかな視線が向けられる中、ゲバンはただただ俯くばかり。

 沈黙と共に聞こえる風のうめき声が、ゲバンの心中を物語っているかのような空間。


「これはこれは……困った事になりましたね~…………」

「ち、違う! こんなものはでっち上げだ!! 【ビジョン】を扱えるミナジリ共和国の事だ、映像に手を加える事など簡単だろうっ!?」


 ミケラルドに向けられたゲバンの言い訳。

 うんうんと嬉しそうに頷きながらも、ミケラルドは止まらない。


「うんうん、そういう事もあるかもしれませんね~……ん?  おっと? おっとっと? ちょっと皆さんよろしいですかー?」


 わざとらしく聴衆に声を掛けるミケラルド。


「今しがたアイビス皇后から連絡が入りました! どうやらゲバン殿を告発した者がいるとの事! 法王国のミケラルド商店より、アイビス皇后からの中継が繋がっております!」


 嬉しそうに続け、新たに【ビジョン】を展開したミケラルド。そこには、ゲバンが目を疑うような存在が映っていたのだ。

 ミケラルドの指パッチンと同時、役者たちが声をあげる。


「おぉ! あれはもしやオリヴィエ様、、、、、、ではありませぬか、アルゴス団長!?」

「うぅむ、間違いないぞストラッグ! あれは正しくゲバン殿の第一子、オリヴィエ・ライズ・バーリントン姫だっ!!」


 その美しい容姿、華奢な体躯、麗しい顔。

 悲痛に染まるオリヴィエ姫が、映像の中央に立っていた。


(馬鹿な……何故オリヴィエがそんなところにいる……!?)


 ゲバンの驚きも束の間、映像にどこか見慣れた手が映る。

 その手には法王国の紋が入った指輪が付けられていた。

 手はアイビス皇后を誘導するようにオリヴィエの傍に移動させた。

 ぎこちない手つきながらも、アイビスは優しさに満ちた表情でオリヴィエの肩に手を置いた。


『さぁオリヴィエ、先程の話をもう一度』


 緊張を露わにするオリヴィエ姫。

 しかし、こちら側……いや、映像の更に先を見据えたオリヴィエ姫は、コクリと頷いてから意を決した様子で口を開いたのだ。


『私は見ました、お父様――ゲバン・ライズ・バーリントンが大罪人シギュンと一緒にいたところを』

「「おぉ……!」」


 法王国軍の驚きと共に、ミケラルドが「あちゃー」と額を覆う。


『お、お父様はかねてより法王の座を欲していました。……先の大暴走スタンピードの際、法王陛下の治癒を遅らせるよう私兵の方に命令しているところも見ました。ミナジリ共和国への特派大使になった時もそうでした。私は……私は、お父様のご命令によりミナジリ共和国と法王陛下の関係を悪化させるよう振る舞いました。私はこれに逆らう事が出来ず、法王陛下への手土産として頂いたミナジリ共和国の厚意の印を隠したのも事実です。それは、全てお父様が法王となるため。王位継承権を争うのであれば、確かに一つの道と言えるでしょう。けれど、法王陛下の暗殺計画を知った時、それは間違いだったと気付いたのです! こんな……こんな悪魔のような所業はしてはいけないのだとっ!!』


 震え、泣きながら自身の罪を語るオリヴィエ。心の内を全て語ったオリヴィエに多くの同情の目が向けられる。


『そして私は、お父様を止めるべく、一つの罪を犯したのです』


 犯した罪……大きく深呼吸したオリヴィエの口から罪の全貌が語られようとしたその瞬間――、


「あ、CM挟みますね~」


 ミケラルドスポンサーから「待った」がかかるのだった。

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