◆その811 証拠開示
「こ……この短刀に【ビジョン】が?」
唖然とするゲバンは、ハッとした様子でジェイルの持つ短刀に馬上から手を伸ばした。
だが――、
「一歩でもそこを超えたら法王国の侵略行為とみなす」
ジェイルの一喝がその手を止めた。
「これはアイビス殿が依頼した冒険者イヅナから直接貸し与えられたものだ。返すのであればイヅナに返すのが筋だろう?」
鋭い視線にゲバンも唸るばかりである。
ジェイルはイヅナに視線を戻し、「いいか?」と一言だけ聞いた。小さく頷いたイヅナ。
アイビスの依頼によって、イヅナにも大きな権限がある。この肯定により、アイビス皇后からの許可、果ては法王国からの許可と理解したジェイルがミケラルドに言う。
「どうする?」
「『上です、上に投げてください』」
ミケラルド人形から聞こえた声と重なり、ジェイルたちの上部からも同じ声が聞こえた。
皆が一様に空を見上げると、そこにはミケラルドが空に浮かんでいた。
(くっ、ミケラルド・オード・ミナジリ……! いつの間に!?)
接近すら知覚出来なかったゲバンが驚くも、ミケラルドもやはりミナジリ共和国の領空にいる。全てはリーガル国への配慮だと言わんばかりである。
ジェイルが短刀を空に投げ、ミケラルドは【サイコキネシス】でそれを中空にピタリと止めた。
震えるゲバンに対し、
直後、シェンドの町からでも見えるような巨大な【テトラ・ビジョン】が出現した。
頭を抱えるアリスは嘆くように溜め息を吐く。
(絶対準備してましたよね……)
徐々に巻き戻る短刀の
麻布に包まれていた真っ暗な世界から、短刀をイヅナに渡すアイビスが映る。
やがて、出て行くグラント王子、セリス王子、クリス王女。怒り狂うアイビス皇后と、父の死に嘆くゲバン。
そして遂に、短刀の
「おやおや~?」
((わざとらしい……))
ミケラルドを知る者たちは、心を一つにしていた。
ただ一人、ゲバンだけが尋常じゃない汗を額から流していたのだ。
短刀はベッドに突き立てられている。引き抜かれるように巻き戻った時、皆は暗殺者の顔を知る。
最初にざわついたのは交渉の場にいる者ではなかった。
法王国軍である騎士団、聖騎士団の中から聞こえてきた怒声に近い驚きの声。
「シギュン!」
「シギュンだ!」
法王クルスの首を飛ばした人物が判明した瞬間だった。
「な、なるほどぉ!!」
皆の声を防ぎながらゲバンが言った。
いや、叫んだのだ。
「シギュンは法王陛下に恨みを持っていた! そしてシギュンを捕え、閉じ込める牢を造ったミナジリ共和国にも当然恨みがあった! だから法王陛下を殺害し、その罪がミナジリ共和国に向けらるように仕組んだという事かっ!!」
直後、法王国軍から感嘆の声があがった。少なからずゲバンの推理を理解し、支持した者がいる。これに乗る事がゲバンの最後の逃げ道だった。
「犯人はわかった! 今すぐ帰国しシギュンの捜索を――」
「――何勝手に仕切っちゃってんですか?」
ゲバンの荒ぶる声を止められる唯一の存在――ミケラルド。
「だったらシギュンがこの短刀をどう手に入れたのかまで調べなくちゃダメじゃないですかー。それにー? もしかしたら黒幕がいたりするかもしれませんしー?」
見上げると、そこには嘲笑うようにゲバンを見下ろすミケラルドがいた。
皆は見た。
氷のように冷たい笑みを。
闇を背負うかのような漆黒のオーラを。
「そ、その通りですなぁ、ミケラルド殿ぉ!!」
「正しく! 遡れるまで遡るのが捜査でありましょうなぁ!!」
法王国軍から聞こえる野太い声。
「くっ!」
ゲバンを追い詰める二つの声は、騎士団から聞こえてきた。
「あ、ストラッグさんにアルゴスさんだー」
騎士団所属ストラッグ、騎士団長アルゴスがそこにいた。
ニコリと笑うミケラルドが、顔馴染みの二人に小さく手を振る。
「いやー、やっぱり長年調査や捜査に携わってた人は違うなー。勉強になるなー。最近南方調査の名目で過酷な任務って噂でしたけど、ご無事で何よりですー」
ちらりとゲバンを見ながら言うも、既にゲバンは俯き、ただ震えるばかりだった。
「じゃ、ちゃっちゃと巻き戻しちゃいましょうかー」
くるくると指先をまわし、わざとらしく
その後、
これに違和感を覚えたのは、この場にいる三人――イヅナ、エメリー、アリスだった。
「「ん?」」
三人が首を傾げるも、やはり視線は【ビジョン】に向く。
影に潜み、陰を移動し、闇を跳ぶシギュン。
やがて灯りが映る。法王国の中心にある大きな屋敷。
おびただしい数の警備に、皆口を噤む。
やがて聞こえて来る喧噪。それはやはり法王国軍からだった。
「な、なぁあれって……」
「あぁ……どう見てもあれって」
騎士団、聖騎士団がこの場にいるのだ。
当然、その屋敷の存在を知る者は多い。
「ストラッグ、あれはもしや
「そのようですアルゴス団長! おのれシギュン! ゲバン様に何の恨みがあるのか!!」
激しい憤りを法王国軍の中心で叫ぶ二人。
「人選に間違いはなかったね、あの二人、良い役者してるじゃん」
そう小さく零しながら、ミケラルドは笑っていたのだった。
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