◆その810 どうしてそこまで

 ジェイル、レミリア、ドゥムガを前に、ゲバンは騎乗したまま言った。


「……本日は貴国の罪を問うため遠路はるばるやって来た。ミナジリ共和国が元首ミケラルド・オード・ミナジリ殿にお目通り願いたい」

「罪? 何の事だ?」

「既知の事だとは思うが、先日、法王陛下が暗殺によって崩御された」

「それで?」


 間髪容れず聞くジェイルに、ゲバンの片眉がピクリと動く。


「貴国は法王陛下との交友も多かったはず。そのような態度は感心しないが?」

「今はクルス殿との交友を掘り返すタイミングではない。法王国軍がミナジリ共和国の目の前にいるという事は、竜騎士団の団長として見過ごす訳にはいかないと言っている。引く気がないのであれば、我々は武力行使を厭わない」

「くっ……!」


 歯を剥き出し怒りを見せるゲバンだったが、竜騎士団の三人はそれを意に介していない様子だ。


「法王陛下の亡骸の近くにはミナジリ共和国のものと思われる短刀があった。これがどういう事か説明頂きたい。ミケラルド殿はどういうおつもりか」

「ふむ……」


 困ったように腕を組むジェイル。しかし、アリスはこのジェイルの言動に既視感があった。怪訝そうにジェイルを見るアリス。


(……何か、ミケラルドさんみたい……)


 アリスはミケラルドの【チェンジ】を見破った過去が度々ある。しかし、今回ばかりはそうではない。


(でも、あれはミケラルドさんじゃない。ジェイルさん……でも、言葉の端々はしばしにミケラルドさんを感じる……つまりこれは…………っ! 台本アレか!)


 かつて、ミケラルドが脚本した台本を思い出したアリスは、目を丸くしながら隣にいたエメリーを見た。当然、エメリーもその事実に気付き、苦笑を隠しながら困り顔を見せている。


「その短刀、何故ミナジリ共和国のものだと?」


 追及するジェイルに、ゲバンが口籠くちごもる。

 当然、ゲバンは戦争など起こしたくない。ここで波風を立てれば、一気に戦争へと流れ込む。それだけは避けなければならない。だが、それを公表しなければならないのも事実だった。


「……短刀に水龍紋があった」

「っ! イヅナ、何を勝手な事をっ!」


 イヅナが勝手に喋った事にゲバンは激しく叱責する。

 しかし、当のイヅナはその怒気を涼しい顔で流して見せた。


「……なるほど、法王国が何故ミナジリ共和国を追求しようとしているのか合点がいった。だが、水龍紋が付いた短刀と、クルス殿に忍び込めるような実力者を用意すれば、ミナジリ共和国のせいだと言えるはずだ」

「た、確かに」


 言いながらゲバンの顔が綻んだ。

 それは、母親アイビスによるミナジリ共和国へのあらぬ嫌疑を解く方便だとも理解出来たからだ。

 だからこそゲバンは馬の手綱を引いて言ったのだ。


「あいわかった、ならばそれを踏まえて法王国で厳正な調査を――」

「――待て」


 ジェイルがゲバンの行動を止めるように言う。


「……何か」

「証拠を持って来てはいないのか?」

「証拠は今ホーリーキャッスルで厳重に――」

「――あるぞ」


 またもゲバンの発言は止められてしまう。

 ゲバンは目を見開き再びイヅナを見る。

 イヅナは肩に掛けていた荷物をおろし、荷解きをする。

 その中からくるまれた麻布あさぬのを取り出した。中から出てきたのは、正しく現場にあった短刀だった。


「イヅナ……貴様勝手にっ!」

「何か勘違いをしているようだが」

「何?」


 そう前置きをした後、イヅナはゲバンに鋭い視線を向けた。


「今回、私はアイビスに頼まれてここにいる」

「なっ! 母上がっ!?」

「ほっほっほ、特別依頼でな。報酬も弾んでもらった」

「く……!」

「ミナジリ共和国にて真実を確かめて来い。それがアイビスからの依頼だ」


 言いながらイヅナがジェイルに短刀を渡す。

 ジェイルは短刀をじっと見つめながら、隅々までチェックする。そして、チェックし終わると、イヅナに言った。


「やはり、ミナジリ共和国のミケラルド商店で売られているものだ」

「つ、つまり、ミナジリ共和国に出入り出来る者ならば誰でも購入出来るという事だな!」


 まくしたてるようにゲバンが言うと、ジェイルはコクリと頷いた。その肯定を受け取り、ホッと一息吐いたゲバン。


「ふん。ではミケラルド商店で短刀の販売者を洗っていけば犯人はわかりそうだな」


 ようやく落ち着きを取り戻したのも束の間、またもゲバンを止める声があった。


『いえ、それ以上に簡単な方法がありますよ』


 その声を聞き、アリス、エメリーの顔に緊張が走った。

 ジェイルはようやくお役御免かという顔つきで、イヅナは待っていたぞと言わんばかりの顔つきで。

 声には、怒気も殺気もなかった。しかし、静かに通ったその声に、ゲバンの馬がいななき暴れ始めたのだ。


「く、駄馬めがっ! だが、この声は――!?」


 すると、ジェイルが胸元のホルスターから親指程のミケラルド人形を取り出した。

 そして、それをちらつかせるようにゲバンに見せたのだ。


『初めましてゲバン殿、私の名はミケラルド・オード・ミナジリ。話は全て聞かせて頂きました』


 矢面に出て来ないミケラルドを不審に思うゲバン。

 ミケラルドは淡々と続ける。


『実はその短刀、特殊な仕掛けがありましてね。水龍紋がある事から犯罪に使われないように、また犯罪に使われたとしてもすぐに明るみに出るように……ね』

「何……?」

『はははは、ミナジリ共和国の代名詞と言われる【ビジョン】の魔法が掛かってるに決まってるでしょう』


 アリスは思う――ホント、どうしてそこまで周到になれるんだろう……と。

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