その802 圧倒的ヒロイン
「わたくしがミケラルド様をお助けする……?」
オリヴィエの表情が不可解に染まる。
「えぇ、お手紙拝見しました。どうやらよからぬ輩がミナジリ共和国に入った可能性があるとの事」
そこまで説明した後、ナタリーが続けた。
「ですが、当方はこれを脅威とは考えておりません」
すると、オリヴィエが目を見開く。
驚くというより、ガツンと殴られたような……驚愕という言葉が似つかわしい表情。オリヴィエは理解したのだ、ナタリーの言葉の意味を。
元聖騎士で神聖騎士オルグやシギュンに次ぐ実力者だったクイン。彼女のミナジリ共和国入りなど、こちらにとって些事以外の他ならないという事に。
それを理解し呑み込んだのか、オリヴィエは緊張の糸が切れたようにすっと溜め息を吐いた。
「詳しく伺いたく存じます」
オリヴィエの言葉を受け、俺はかねてより準備していた策を説明した。
「ゲバン殿のご意向、かねてより理解はしていたつもりでした。しかし、いつの間にかそれは理解を超え、度し難い状況にまでなってしまいました」
「それは……」
口籠るオリヴィエ。
「クインが動き、シギュンが動けば、ミナジリ共和国は動かざるを得ません。当方が犯人捜しをすれば、瞬く間にゲバン殿に行き着くでしょう。そうなればどうなるか、それはオリヴィエ殿がよく理解している事でしょう。ならばどうするか……」
喉を鳴らすオリヴィエに、俺はニコリと笑って告げた。
「戦争しましょう♪」
直後、オリヴィエの表情が凍り、すぐに崩れ落ちた。
絶望色ってこういうのを言うのかもしれない。
そう思いながら、俺は具体的な話を進めようとした。
しかし、オリヴィエはそれどころじゃなかったようだ。
「ミケラルド様っ! どうか! どうかお考え直しください!!」
縋りつくように叫ぶオリヴィエに、俺は目を丸くする。
これまでは法王国だけの問題だった。
だからこそ、オリヴィエも俺の援助を断っていた。しかし、遂にゲバンはそれを超える行動を起こしてきた。
だからこそオリヴィエは俺に密書を渡した。戦争を止めるために。
「オリヴィエ殿、事はそう単純ではありません。
「そんな……それでは私は何のために……!」
何のためにミナジリ共和国に来たのか。何のために危険を冒してまで密書を届けたのか。
オリヴィエの自問に、その身は答えてくれないだろう。
だから、俺が手を差し伸べる他ない。
「戦争は確実です。ですが、救いはあります」
俯いていたオリヴィエが顔を上げる。
どこか宗教染みた俺の言葉だったが、物理的救済が出来ない訳ではない。
「……どうやって……?」
「そこで、オリヴィエ殿には私を救って頂きたく」
「ど、どうしてそういう話になるんですの……?」
「以前、お願いしたアレ……今回なら引き受けてくれそうな気がしまして」
そう笑って言うと、オリヴィエはハッとした様子で言った。
「アレって……まさかアレの事ですのっ!?」
「そう、アレです」
「ひっ!」
オリヴィエの引き攣った顔と悲鳴のような声。
すると、俺の脇腹にナタリーノックが入る。ちょっと痛い。
「あの、痛いんだけど……?」
「顔が凄く怖くなってるよ」
「え、マジで?」
「嘘を言ってる顔に見える?」
凄いジト目だ。効果音すら付いているように見える。
「コ、コホンッ! まぁ、そういう訳なので、後程詳しい内容を詰めた指示書をお渡しするので、是非ご確認ください」
「ま、待ってください! わたくしはまだ――」
そこまで言うと、俺はオリヴィエの言葉を遮った。
「――オリヴィエ殿」
「……っ!」
「どっちつかずな子供の如き発言……呑み込むべきでは?」
「わ……わたくしを……子供だと……?」
「大人の皮を被ったお子様かと」
キツイ視線を向けられたものの、俺はそれをさっと受け流して続けた。
「そろそろ、腹を括るしかないのでは? と申し上げております」
「ミ、ミナジリ共和国がこの件を呑み込んでくだされば――」
「――当方の民が危険に晒されている以上、看過する事は出来ません。それとも、法王国は他国からの侵略行為を呑み込む方針が?」
「それは……!」
「法王国は大きくなり過ぎた。クルス殿がいくら優秀でも、制御出来る事と出来ない事がある。その枠外に出た杭は叩かれて然るべき。当ミナジリ共和国は、これに徹底抗戦する構えです。この件は非公式ながら既にクルス殿へ伝達済みです」
「そんな!? おじい様がそんな事を許すはずがありません!」
驚愕の事実を告げられ、オリヴィエはそれを受け入れようとしない。
「戦争は起こります。これは抗いようのない事実です」
「嘘……嘘です……」
膝から崩れ落ちるオリヴィエの震える声。
顔を覆い、自分の過ちに気付いたところで既に事は大きく動いている。
だから俺はこの圧倒的有利な状況下で言った。
「だからお願いしますオリヴィエ殿」
乞うように、縋るように。
「私を……いえ、ミナジリ共和国と法王国を……助けてくれませんか?」
これが、吸血鬼ミケラルドのヒロイン
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