その801 君のSOSは俺のSOS

 オリヴィエの手紙に目を通した俺は、元首執務室の天井を見つめながら唸っていた。


「ん~」


 隣では、ナタリー、ジェイル、リィたんがその手紙に目を通していた。皆もそれを見ながら俺と同じように唸っている。

 しかし、リィたんだけがどうもニュアンスの違う唸り方をしているような気がする。

 そんなリィたんが手紙を指差して言う。


「これ、どういう事だ?」


 彼女は手紙の意図自体を理解していないようだった。

 やはりか、と思った俺がその説明をする。


「簡単に説明すると……クロード一家が狙われてるって事だね」

「クロードなら常に狙われてるだろう?」


 あっけらかんと言うリィたんに、ナタリーが苦笑する。

 しかし、確かにその通りなのだ。

 ナタリー、クロード、エメラはミナジリ共和国のつけいる隙と言っても過言ではない。理由は簡単、置かれている立場がミナジリ共和国において最重要とも言えるからだ。

 クロード新聞の著者クロード、ミケラルド商店の代理店長兼エメラ商会の顔役エメラ、ミナジリ共和国の軍部を統括するナタリーちゃん。

 この三人は、適材適所という言葉がしっくりし過ぎる程、能力と今の立場がかみ合っている。

 それ故に、この一家がいないだけでミナジリ共和国の脅威が半減するという事にだってなり得る。

 だからこそ、三人にはちゃんとした護衛を付けている。

 クロードには分裂体おれを。

 エメラには分裂体おれを。

 ナタリーには分裂体おれを。

 びっくりする程、俺に染まってる感じのするクロード一家だが、武力的に考えても、正直これ以上の対応というのは難しいのだ。

 というより、これ以上は必要ないとさえ思っている。

 すると、俺のそんな気持ちを代弁するかのようにジェイルが言った。


「分裂体のミックを抜かれるような戦力をゲバンが有していると思えないが?」


 その通りなのだ。

 龍族の誰かが襲ってくるならまだしも、今現在の分裂体の実力は、剣神イヅナにすら匹敵する。つまり、暗部に任せるより安心なのだ。

 まぁ、シギュンだったら多少手こずるかもしれないけど、同じタイミングで脱走したクインがクロード一家を狙っているんだとしたら……

 ふむ、負ける要素がないな?

 という結論に行き着いているが故に、俺、ナタリー、ジェイルは難しい顔をしながら唸っていたのだ。


「ナタリー、どう思う?」


 俺が助言を求めると、ナタリーは的確に答えてくれた。


「うーん……あっちがミックの戦力を過小評価してるとしか思えないんだけど、万が一って事もあるだろうし……一応暗部を一人ずつ増やそう。ジェイルさん、パトロール増やすようにレミリアさんに伝えてもらえる?」

「問題ない。闇ギルドが狙っていた時以上に、現在のミナジリ共和国に死角はない」

「ありがとう」


 ま、それ以外にないよな。

 パーシバルとグラムスには空の警戒度を上げてもらうようにしよう。


「ラジーン、聞いてたね?」

『は、ただちに手配します』


 天井裏からラジーンの返答を聞いた後、俺はナタリーが持つ手紙をすっと手に取った。


「行くの? お姫様のところ」

「父親を裏切れないって啖呵は切ったけど、戦争になる可能性は覚悟してなかったみたいだしね。ちょっとフォローしてくるよ」

「へー、優しいんだねー」


 そんなナタリーの言葉がチクりと刺さる。

 俺は、ぎこちない様子で振り返り、その目を直視出来ないまま言った。


「ご、ご一緒されます……?」

「勿論っ!」


 ナタリー大明神のお通りである。


 ◇◆◇ ◆◇◆


 ナタリーと共に、オリヴィエがいる迎賓館へと訪れた。

 先程の刺さるような視線は色を消し、今は何故か鼻歌なんか歌っちゃって、テンションが高めのナタリーちゃん。


「機嫌良さそうだね?」

「そう? 護衛が変わったからじゃない?」

「それはつまり?」

「分裂体じゃないから、ちょっとだけ優越感なんだー」


 ニッと嬉しそうに笑い、ナタリーが言う。

 なるほど。つまり、護衛が俺になったという事で少なからず喜んでいるという事か。


「分裂体じゃダメでした?」

「ダメって訳じゃないけど、息苦しくなっちゃうのはわかって欲しいかなーって」

「んー、確かにそうだなー」

「でも、それだけ大事にしてくれてるってのはわかってるつもり」


 年齢の割にしっかりしてるよなー、ナタリーって。

 そんな話をしながら、迎賓館の中を歩き、聖騎士団の副団長クリス王女の警備をパスし、オリヴィエに面会を求めた結果、彼女は気まずそうな顔で俺たちを迎え入れた。

 その表情には、どこか後ろめたさがあったのだろう。

 オリヴィエからの手紙――あれは俺たちの忠告ではない。

 俺たちへの救援要請だ。ゲバンの動き一つで、ミナジリ共和国は法王国に侵攻する大義名分を得る。それを、それだけは止めなければならないというオリヴィエからのSOS。


「ご機嫌麗しゅう、オリヴィエ殿。今日は軍事統括を任せているナタリーも同席させて頂きます」

「ありがとうございます。ナタリー殿、よろしくお願いいたします」


 挨拶もそこそこに、俺はオリヴィエに言った。

 単刀直入に。


「オリヴィエ殿」

「……何でしょう」

「取引をしませんか?」

「は?」

「貴女を助ける代わりに、私を助けて欲しい……そういう事です」


 オリヴィエ・ライズ・バーリントン――彼女は、この茶番劇を終わらせる最後の欠片ピースなのだ。

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