◆その795 ドキドキのご褒美相談

「ご……褒美?」


 目を丸くしたシギュンが聞く。


「そうですよ、私、今のところ一度もシギュンさんからご褒美貰ってないんですよ。忘れました?」


 ルークがそこまで言うと、シギュンは過去のルークとのやり取りを思い出す。


「綺麗な女の人からご褒美を約束されて興奮しない男子はほぼほぼいないんですよ。でもシギュンさんは? 私がどれだけの功を持ち返っても、『帰っていいわ』とか『ご苦労様』だけでした。詐欺ですよね、これ」


 疑いのまなこを向けるルークに、シギュンは「あー……」と返事のようでそうでない相槌を述べるばかり。


「わかってるんですかね? 契約の不履行は信頼を落としますよ?」


 くどくどと説明するルークだったが、どれだけ聞いてもご褒美の内容が出てこない。

 シギュンは――、


「わ、わかったから……」


 そう前置きした後、


「それで、何が欲しいの?」


 そう、ルークに聞いた。

 しかし、ルークの反応は呆れるように自身の額を抱えるばかりだった。


「違う……違うんですよ。シギュンさん、本当にあなたシギュンさんですよね? 拷問され過ぎで過去のシギュンさんと乖離かいりしてません?」

「う、うるさいわねっ」

「いいですか? ご褒美ってのは、どんなものかがわからない方がいいんですよ! 夜寝る前に、天井見ながらウキウキして『ご褒美何かな?』、『どんな事してくれるのかな?』って考えるのがいいんじゃないですか! 私が欲しいもの言ったらそれはもうご褒美じゃないんですよ! わかってます?」


 怒り散らすルークに困惑しながらも、シギュンはようやく発言の意図を理解した。


「つまり……私が決めろって事ね」

「まぁ、そうなんですけどね。情緒をもう少し汲んで欲しいというか? もうちょっと色っぽく言ってくれません?」

「こんな状況で?」


 言いながら、シギュンは自分の状態を見ながら言った。

 拷問中だっただけに、シギュンは一糸纏わぬ状態。ルークの魔法によって回復し、綺麗になったものの、注文の『情緒』なるものは存在しない。シギュンはそう言ってるのだ。


(ふむ……確かにこの状況こそご褒美と言えるかもしれない。だが、棚ぼたなご褒美はこれじゃない感が凄い)


 うーんと唸り、そののちルークは思いついたようにポンと手を叩く。


「そうですね、今回は逆成功報酬という事にしましょう」

「な、何よそれ……」

「シギュンさんのこの状況、私がある程度緩和して差し上げます。その見返りとしてシギュンさんには私に協力を」

「既に差し引きぜろだと思うけど?」

「何言ってるんですか、これまでのご褒美は別で頂くに決まってるじゃないですか」

「……何でも出来る貴方に、私が何をしてあげられると思ってるの?」

「勿論、私に出来ない事を」


 ルークは自身の胸に手を置き、貴族のように大げさに振舞いながらそう言い張った。シギュンはポカンとした顔を向け、真顔になり、そして最後には困惑した顔になった。


「……考えておくわ」

「前回のようにナシってのはナシでお願いしますね」


 ルークがニコリと笑って言うと、シギュンは深い溜め息を吐いた。


「……それで、私に何をしろって言うの?」


 そこで、シギュンは初めて依頼内容を聞いた。


「ゲバン殿から今回の目的はお聞きになってますか?」

「そうね、ある程度は聞いてるわ」

「ゲバン殿はクルス殿に強くかかわる者をシギュンさんを使って殺すと共に、自身の首切り対象者も含め殺しているようです。気付いてました?」

「誰に利をもたらしているのかわからなくするためね。闇ギルドでも権力者の依頼にあった事よ」

「話が早くて結構です。これは謂わば時間稼ぎであり、徐々にクルス殿の首を絞めようとする作戦です。現状、クルス殿は行動を制限されている。大国が故の難題でしょうが、表の力しか使えないというのは時に大きな枷ですよね」

「当然ね、法王国が長く闇ギルドと対抗出来なかったのもそこを突かれていたからだもの」

「いいですね、思った以上に冷静で助かります」


 ルークが言うと、シギュンはピタリと止まり、再び顔を背けた。


「あ、貴方、本当に性格悪くなったんじゃない?」

「だから言ってるじゃないすか、今回は同情の余地がないって」

「いいから答えなさい」

「ゲバン殿の目的はわかりますね?」

「法王の暗殺でしょ。じゃなきゃ私を奴隷にした意味がないもの」

「流石です。実は、私もその計画に乗りたくてですね」

「は?」


 一瞬、場の空気が凍り付いた。

 シギュンはルークの言っている言葉が理解出来なかった。

 そもそも、ルークの言葉が同じ言語を発しているのかもわからなかったのだ。


「法王クルス殿の暗殺、応援してますよ」


 念を押すようにルークが言うと、シギュンが焦ったように言う。


「ちょ、ちょっと貴方何言ってるの?」

「何か変な事言ってます? 暗殺者のシギュンさん?」


 皮肉を込めた言いぶりに、シギュンは再び目を丸くした。


「何を考えてるの……?」

「大丈夫ですよ、ちゃんと途中で止めますから。私としては、それを遂行してくれないと困るんですよ。予定が狂っちゃうので」


 暗殺を未然に防ぐという言葉を聞き、何故か暗殺者側のシギュンがホッと一息漏らす。


「そっちはちょっと丸くなったんじゃないですか?」


 先程の仕返しか、ルークがくすりと笑って言う。

 だが、次のシギュンからの質問は、これまでにないものだった。


「そういえば、私も聞きたい事があるのだけれど?」

「答えられる範囲でよければ」


 言うと、シギュンは神妙な顔つきでこれまでで最大の疑問をルークにぶつけた。


「貴方、何で私の血を吸わないの?」

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