◆その796 暗殺者の質問

貴女あなたの血を何故吸わないか……ですか」


 ルークはミケラルドとして、シギュンの質問を反芻はんすうした。

 だが、ルークはその質問に困るという事はなかった。

 軽い口調で「ふむ」と口ずさみながら、ちょんとシギュンを指差した。


「言い訳にされたくないからですよ」


 そして、爽やかな笑みを浮かべてシギュンに言った。


「言い訳?」

「私が血を吸う事で、それを苦にし、その呪縛から解き放たれたいと願っている方も勿論います。ナガレさんとかカンザスさんはそうでしょうね。勿論、強引に口を割らせたい人もいますけど、何だかんだで貴女は小出しながらも情報をくれますしねぇ。私自身、血を吸わずに事が済むならそれに越した事もないんですよ。シギュンさんとクインさんにはクルス殿の管理下にあったので、そうしようとも思わなかったのですけどね」

「でも、今は違う」

「そうですね。ですが、私がシギュンさんの血を吸えば、結局、事はそう変わらないんですよ」

「……何故?」

「どうも、シギュンさんは私に血を吸われたがっているように見えるんですよね」


 苦笑しながらそう言うと、シギュンは何も言えずに小さく俯いた。まるでルークの言葉が真実であるかのように。


「シギュンさん、貴女は自身の責任の所在を私に預けようとしているように見えます。あの牢でオルグさんが話しかけようとも、クルス殿が話しかけようが、アイビス殿が話しかけようが、ほとんど口を開かなったそうですね」

「…………」

「ですからクルス殿が驚いてましたよ。一番恨みがあるはずの私が訪問した時に限って、シギュンさんの口数が一番多かった。ある意味で、これは私に対する依存なのではないかと考えた事もありますが、実はそうではない。シギュンさん、貴女は心のどこかでわかっているんですよ。ちゃんとそれが逃げ道だとわかり、責任の所在を探し、自分という管理を他人に任せたいと考えてしまっているんですよ」

「…………違うわよ」


 そう小さく反論するも、シギュンの声は拷問室に響く事はなかった。


「自信なさそうですね」

「くっ……!」


 きつく睨むシギュンだったが、その中に反論はなかった。まるで子供が親の躾に反抗するような態度。

 ルークは両手を小さく広げ、更に続けた。


「ここまでがシギュンさんの理由。私の理由もそれに近いですが、結局のところ、血を吸わない事それがシギュンさんにとって一番苦痛だと判断しただけですよ。貴女がどんなに悪行や善行を積み上げようが、私の管理下という言い訳を貴女に与えたくなかった。それが一番の理由です」


 そこまで言った後、ルークもまた小さく零した。


「勿論、私にもシギュンさんへの依存がなかったとは言いませんけどね」


 その言葉に疑問を持ったのか、シギュンが小首を傾げる。


「依存?」

「血を吸う事でしか悪人を正せないという後味の悪さ。困った事に、これが中々厄介で。この能力がないと、私の無能が証明されてしまいそうでね、私自身も怖いんですよ」


 そう小さく笑って言った。


「その証明を防ぐために、私をそのままにしていると?」

「ま、これは私のエゴみたいなものですよ。でも、シギュンさんの血を吸わないのはこの二つの大きな理由があるからとしか言えませんね」


 苦笑するルークにシギュンが呆れた溜め息を吐く。

 そして、少しだけ目を逸らして言う。


「何よ、貴方も私を言い訳にしてるじゃない」

「まぁそういう事にもなりますかね。ところで――」

「――何よ?」

「今、貴方も、、、って言いましたよね?」


 そう笑い、顔を近付けて言ったルークに、シギュンの瞳が泳ぐ。


「ち、違うわよっ!」


 それはまた、拷問室に大きく響き渡った。

 りんと響くソレを見渡すように、拷問室の天井を見るルーク。


「自分への拒絶は大きいですねぇ」


 それがまたシギュンの心を突いたのか、明らかな怒気をルークに向ける。


「いいからこれを解きなさい! その顔に一発くらい入れなきゃ私の気が済まないわ!」


 そんな怒気を臭気かのように手で払ったルークは、「はいはい」と言いながらシギュンを吊るしてた鎖を解いた。

 解放による倦怠感すら気にする素振りなく、シギュンがルークの頬をはたく。


「グーじゃないんですね」

「そんなもので貴方にダメージがないのは明白でしょう」

「なるほど、確かにこちらの方が心に残るような気がします。落ち着きました?」

「そんな訳ないじゃない」


 睨むシギュンをルークが苦笑する。


「わざわざ解放して叩かせた意味がわかったわ。本当に嫌な男……!」

「男の子ですよ」


 そういつものように返したルークが笑うと、シギュンは拷問室の壁に当たり散らした。しかし、ルークの次の行動がシギュンの目を丸くさせた。

 ルークは拷問を担当していたゲバンの私兵二人の首に爪を突き立て、その血を舐めたのだ。

 呆れた視線をルークに向けるシギュン。


「……血を吸う事でしか悪人を正せないからどうとか言ってなかったかしら?」

「だから、その後味の悪さはシギュンさんにしか向けてませんよ。私も私で責任の所在をどこかに探してたって事でしょうねー」


 そうあっけらかんと言ったルークに、シギュンは自身の額を抱え嘆いた。


「性悪男」


 だが、それで引き下がるルークではない。


「うるさいですよ、性悪女」


 短いながらも濃密な拷問室の夜は、こうして締めくくられたのだった。

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