◆その787 大激震2

「むぅ……」


 老練な達人を思わせるかのような唸り声を上げる少女――アリス。クロード新聞を読みながら、何度も何度も無意識のうちに唸っているアリスを見かねて、エメリーが声を掛ける。


「えーと……アリスさん?」

「うーむ……」


 聖騎士学校での騒ぎの中、アリスはずっとクロード新聞を読んでいた。そして、オリハルコンズメンバーが活躍した事による祝賀会のため、冒険者ギルドへやって来たのだが、ここでもまだずっとクロード新聞を読んでいたのだ。

 祝賀会とはいえども、ミケラルド、リィたん、ナタリーが法王国の冒険者ギルドでテーブルを囲う事は出来ない。公人としては勿論のこと、冒険者としても法王国に訪れる事は出来ない。

 しかし、それでも世話になった恩人、恩師を祝いたいという皆の希望の下、聖騎士学校に許可をとって冒険者ギルドにまでやって来たのだ。

 エメリーは小首を傾げ、更に続ける。


「何か気になる事でもあるの?」

「それは勿論、不死王リッチと魔人の事です」


 ギンとめをぎらつかせエメリーを見るアリス。

 その眼光に驚きつつも、アリスの疑問をさらに追及する。


「三名討ち取っただけも凄いと思うけど……?」

「いえ、法王国は動きます。取り逃がした事に対しての追及はまぬかれないんじゃないかなって思うと、ちょっと怖くて……」


 すると、エメリーは先日起こった話をあげた。


「この前、騎士団の士気向上の名目でアルゴス騎士団長に同行したんです」

「あ、あの早退した日ですよね?」

「そこで初めてお会いしたんですよ」


 エメリーがそこまで言うと、アリスはこれまでの話の流れから、それが誰かを言い当てた。


「ゲバン様……ですか?」


 頷くエメリー。


「あの人、かなり強いですね。少なくとも法王陛下に匹敵するだけのお力はあるようです」

「っ! 法王陛下っていったら、現役時代SSSトリプルの実力者ですよっ?」

「はい、でもそれ以上に……」

「それ以上に?」


 カタリと小首を傾げるアリス。


「……怖かったです」

「それはどういう意味で?」

「私もそうですけど、冒険者や聖騎士学校の人たちは、平時の振る舞いをわきまえていると思うんですけど……ほら、どんなに力を持っていても、それを街中で解き放つとかないじゃないですか」

「そ、それは当たり前ですよ」

「でもあの方の場合……」


 それ以上言わなかったものの、エメリーは俯いてその予感を体現した。顔をあげた後、そこだけ省きエメリーが続ける。


「闇ギルドとは違う怖さみたいな……なんかあの方の中には、善悪なんてないって感じが凄いしたんですよね」


 そう気まずそうにエメリーが言うと、アリスはぶるっと肩を震わせた。

 そんな二人の間にニュッと顔を出した男がいた。


「いるんですよね、そういう人」

「「ひっ!?」」


 気配を感じなかったのか、二人は声にならないような悲鳴をあげた。ぎょっとした二人の視線の先にいたのは、冒険者が似合わない聖騎士学校の制服をキチンと着た……リーガル国の貴族。


「「ミ――」」


 そう言いかけたところで二人がその口を手で塞ぐ。


「ミ?」


 爽やかな笑みで首を傾げる男。

 呼吸を整えた乙女二人がほっと息を吐く。

 そしてアリスが立ち上がって男を指差す。


「な、何しに来たんですか、ルーク、、、さん!」

「どうもルークです。あ、ミで思い出しました。ミルークでも頼もうかな。ははは」


 顔に似合わぬ親父ギャグにドン引きするアリス。エメリーが「あ、私が注文してきます!」と嬉しそうにカウンターへ向かう。

 わなわなと震えるアリスの前の椅子に腰掛けたルークの笑みが消える事はない。


「学校では皆さん余り構ってくれないので、寂しくて来ちゃいました」

「そ、それは……」


 言いながら身を低くし、声を落とすアリス。


「ルークさんの正体がバレたら大変だからって……!」

「いいんですよ。別にバレても。別の顔で来るだけですからね」

「何をのんきな!?」


 そうアリスが言いかけるも、


「ミルクでーす!」


 エメリーの声に止められる。

 小走りに持って来るエメリーを見て、ルークが言う。


「エメリーさん、あのままだと転ぶと思うんですけど、賭けません?」

「乗りました」


 間髪容れずに賭けに乗る史上最高の聖女。


「転ぶ方に白金貨十枚」

「転ぶけどミルクは無事、に白金貨十枚」

「あ、ずるいです!」


 アリスがルークに肉薄した直後、エメリーが足をもつらせる。


「わっ? わわわわわ!?」


 宙を舞うミルク。

 樽ジョッキからミルクが舞う。

 しかしここは冒険者ギルドであり、オリハルコンズのメンバーが集う祝賀会である。ラッツが樽ジョッキを掴み、未だ宙を舞うミルクは瞬時にその中へ誘導されていく。

 頭を抱えるアリス。

 ニヤリと笑うルーク。

 しかし、そこで意外な事が起こる。


「わー!? ……へ?」

「っと、大丈夫か、エメリーちゃん?」


 エメリーの身体を支えるラッツの友人ハン。

 歯を輝かせたハンスマイルに全てを崩されたルークの顔が歪む。


「バカな……!?」


 エメリーは転ばず、ミルクも無事。

 賭けは成立せず。

 ラッツから受け取ったミルクを持って戻り、テーブルに置くエメリーがとある視線に気付く。


「? 何でハンさんを睨んでるんですか、ルークさん?」


 そしてテーブルの異変にも気付くのだ。


「な、何で私の席に白金貨が二十枚……も?」


 積み上がる大金に小首を傾げるエメリーだった。

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